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来し方のヘアピン
「あいつ、何処行ったんだ……」 旅の仲間も増え、街での買い出しは二組に分かれて行動することが多くなった。それで今日は俺とミカの二人で南東エリアの店を回ることになっていた。 周辺で最も栄えているこの街は、旅人も街に住む人間も数が多い。特にこの辺りの様々な店が立ち並ぶ通りは人の少ない時間がない。賑わう雑踏の中、あいつは自分が他の人間より背が低いことも忘れて人の波に入り込み、そのまま姿を消してしまったのだった。 買うものや立ち寄る店の名前はリストにしてあるが、これはほとんどが共用の消耗品に関するものだ。いなくなる直前に『春用の上着が欲しい』と言っていたあいつが、リストにない服屋なんかに入り込んでいたりすると流石に捜しようがない。道中でリストにある店を確認しつつ、飛鳥たちとの合流場所のある方角へ向かっていくしかないだろうか。 「ねぇ、そこのおにいさん」 ふいに後ろから少女の声がする。知らない相手に話しかけるような口ぶりにかすかに疑問を感じながらも声の方へと振り返る。 「アタシみたいなヒト、見てない?」 言葉通り、声の主が指差しているのは、自分だ
1月26日


海淵の仔
海のど真ん中で、子供を拾った。 東の港から戻る船旅の途中、オルカンシアの群れに遭遇した。群れというより、何かに群がっていると形容するべきか。──その中心に、人間の子供が浮いていた。 オルカンシアたち海獣の類いは、自分の子供の呼吸を助けるため、水面へと押し上げる習性がある。稀に同じ要領で他の生物をも助けることがあるとは聞いていたが、実際に目にしたのは船に乗るようになって十数年、初めてのことだった。 少女は多少体温の低下がみられたが、命に別状はないそうだった。 ただ、目を覚ますのには時間がかかった。海から少女を引きあげた際、少女はオルカンシアによく似た形状の、大きな真っ黒い浮きにしがみついていた。少女は海の只中、魔法でこの浮きを造り出し、それによって魔力切れを起こしてしまったのではないか、というのが船医の見解だった。 オルカンシアは俺たち船乗りにとって身近な生き物にして、俺たちの航海を見守る神の使いだとも言われている。他に船も何も見当たらない中、オルカンシアに囲まれて独りこんな沖に浮かんでいたこの子供を、うちの船員どもは神の子かはたまた妖物
1月7日


はじめのはなし
少女は『平凡』という言葉が嫌いだった。 教室にいる他の人間と自分を比べ、誰かほど突出して優れた点もなければ突出して劣った点もない自らのことを『無個性』であると感じていた。『普通』や『平凡』という言葉を嫌悪し、それらの言葉がふさわしい自分自身のことも、少女は忌み嫌っていた。 家庭環境や友人関係に大きな不満はなく、人並みに苦労し、人並みに幸福な日々を送っていた。それでも時折、小さな波が押し寄せるような不安を感じることがあった。 それは教室で談笑している最中ふと自分だけがグループから離れた位置にいるような感覚であったり、みんなで家路を辿る途中でこっそり姿を消しても誰も気付かないのではないかといった憂いであった。そういった、自分が何かに埋もれて見えなくなってしまうような不安を、少女は誰にも悟られぬように背中に隠していた。 毎日のルーティンを終え、あたたかな布団にくるまるとき、少女は薄っすらと憂鬱な、『朝が来てほしくないような気持ち』を抱いていた。 『これは夢だ』と、自覚のある状態で見る夢を明晰夢という。 夢の中、少女は夕陽に染まる教室にいた。
2025年7月9日


お前の旅の目的は(4)
「へぇ、そういう区別なんだ」 「……お前は、どういう定義だと思っていた?」 「うーん、プロかアマか、かな? それをメインで仕事にしている人が傭われ」 「じゃあ旅人の本業は?」 「旅だろう」 「そういうことだ。傭兵(おれたち)は依頼人の旅路に付き添い、時に道を教え、時に障碍を取り除く。『旅の目的』があるのは依頼をしてきた旅人で、俺たち自身に行き先や目的はない」 「じゃあその前は? 傭われになる前、貴方は何だった?」 「……家を離れてから俺は、こっちの定義(いみ)ではずっと傭兵だった。それより前は、ただの子供だ」 「どうして家を離れたの」 「……くだらない理由だよ」 「ふーん」 「お前の旅の目的は?」 「私も莫迦みたいな理由だよ。一緒だね」 「……」 「表向きの話をするなら、当面は飛鳥の旅のサポートが私の行動の軸になるかな」 「飛鳥とは長いのか?」 「まだそんなに。でも、境遇が近いんだ」 「境遇?」 「『異世界』って知ってる?」 「いや」 「船でも飛空便でも辿りつけない、遠い土地だ。あの子はそこからひとり迷い込んだ」 「……」 「私も大体似たようなも
2025年6月3日


お前の旅の目的は(3)
「『俺の旅』じゃなくて、『芽留の旅』なんですよね」 「芽留の?」 「ええ。俺と芽留はいとこ同士なんですけど、芽留の両親がちょっと気難しい人たちで。外で遊ばせない、旅行やお出かけもしない、勉強や習い事は家庭教師、みたいな」 「それは……」 「厳しいっていうよりは、過保護なんですよ。芽留って、お世辞にも丈夫な方ではないし。怪我したり、誰かに嫌な目に遭わされたり、なんていうのがあったらコトじゃないですか。一人娘だからなおのことです。 逆に俺なんて超奔放に育ったクソガキでしたからね! 庭の木に登って・芽留が真似しようとして・怒られ、虫を大量に捕まえて持っていき・叔母さんを卒倒させ・怒られ……」 「……嫌がらせ?」 「いや、蝶とかトンボだったんですよ! きれいな奴! 実際、芽留本人は虫好きだったんで喜んでました」 「まぁ男児のプレゼントはそんなもんか……なんの話してたんだっけ」 「あっそうだ、芽留の話ですよ。虫もそうですけど野の花とか、旅行の写真とか、『外』のものを持っていくと芽留は喜びました。自分ではなかなか体験できないから。 それで、あるとき言い出
2025年6月3日


お前の旅の目的は(2)
「アタシ? アタシはねぇ、いくつかあるけど、やっぱり一番の要因は飛鳥かしら」 「そうか」 「今までも、友達や親しい人がいなかったわけではないんだけどね。こんなに気の合う人って、なんだか久々で」 「……ずっと前から、友人だったみたいな感覚?」 「そうそう! ミッスも心当たりある?」 「なんとなく」 「不思議な子よね。距離感がちょうどいいのかしら。そんなだったから、飛鳥が旅立つって聞いたとき、なんだかとても名残惜しくって。もっと一緒にいたい、この子と言葉を交わしてみたいって思って、ついてきちゃったの。押しかけたみたいになっちゃったかしらね」 「いや、押しかけたって言うならどっちかというと」 「……グレイ?」 「グレイ」 「そんなことだと思ったわ」 「まあ、飛鳥やリンはお前を歓迎している。加入は何も問題ない」 「アナタは?」 「俺は、よほどのことがない限り口出ししない」 「あ、もしかしてアナタ、傭われなの? 護衛役?」 「それと案内役」 「そうだったのね。リンは? てっきり旅慣れしてると思ってたわ」 「陸路の旅には疎いらしい」 「そういうことね。あっ、
2025年6月3日


お前の旅の目的は(1)
「お前、なんでついてきたんだ」 「なんでって、そりゃ金のためよ」 「……怪物駆除か」 「おう。──オレはバカだし、ナリもガキっぽいから、町の大人にゃナメられててよ。町じゃあ働いても、ろくに稼ぎを貰えねェ。そんなオレに、バカでもガキでも金を稼げる、実力主義の世界を教えてくれたのはお前だろ」 「……それで?」 「バカでも、っつったって、ド素人がひとりでやるには取っかかりがねェのよ。戦い方に、クエストの貰い方、道具は何が要るのかとか」 「あー、案内所はわかるか? 青い看板の。あそこに行けば初心者向けの案件を紹介してもらえるぞ」 「わかるわかる。でも初心者向けっつーことは、報酬も大したことねーんだろ?」 「まぁ、緊急性が低くて、技術のない人間がひとりで請けられるような案件となるとな。それだったら、頭数の要る案件を中級者に交じってこなしていく方が、得られるものは多いだろう」 「だろ? ほら合ってんじゃねーか」 「……『お前が言い出したんだから、お前が面倒見ろ』と?」 「『目で見て盗むくらいはさせろ』と」 「……長期的なこと考えるなら、他の奴探した方がいいぞ
2025年6月3日


かたちの違う 誠実な人
『好きだよ』と、そいつは軽々しく口にする。 曲がりなりにも異性で、俺には散々『お前が嫌いだ』と言われていて、周りには自分を好いている人間が何人もいるにも関わらず。 「なんで、よりによって俺に言う」 「というと?」 「誰とは言わないが、もっと言うべき相手ってのがいるべや」 「むしろ相手は選んでいるぞ?」 「はあ?」 いつもと変わらず涼しい顔で、 「夕葉だから言っているんだ」 嫌味なく真っすぐ俺の目を見つめて、そんなことを言い放つ。 「そ〜〜いう台詞を『他人を口説きながらじゃねえと喋れねえのか』 と言ってんのよ俺は」 「口説いてはいないよ」 「じゃあ何よ」 「言いやすいんだよね。私のこと嫌いだから」 「はあ?」 本日二度目の『はあ?』が出た。こいつと話すと何回言っても言い足りない。 「私のこと嫌いっていうのはさ、ちょっとやそっとじゃ揺るがないでしょ」 「そりゃあな」 「飛鳥には前にちょっと話したんだけど、私かっこつけでさ。それってつまり相手の心証を気にする方なんだけど」 「おう」 「私のことがずっと嫌いなら、多少のことで私の印象は変わらない
2025年4月20日


回想 第n-1試行
ミスカはあたしが創った登場人物の中では一番年上で、物静かで、いつもあたしや他の仲間の話を聞くばかりで自分の話は滅多にしない人だった。今までの試行(ループ)の中でももめたりぶつかり合ったことがほとんどなく、言ってしまえば一番友達として浅く、よく知らない、そんな人だった。 あたしが今進行しているシナリオをリセットし、始めからやり直すには、ある手順が必要だ。それをすることでこの夢世界のシステムは『この物語は続行不可能である』と判断する。 すべての登場人物を、行動停止させること。それが条件。動くものの何もない空間にカメラを向け続けたところで映画も漫画も成立しない。物語には役者が必要だということだ。 この『登場人物』というのはあたしが自分で創ったキャラクター、つまりリンたち味方キャラを指す。 だからあたしは悪夢から逃げ出したくなるたび、皆の手足を止める。 思考を止める。 心臓を、止める。 もちろんあたしだってそんなことはしたくなかった。たとえ実在しなくとも、それまでの長い時間を過ごした友達なのだから。それでもどうやったって喧嘩やすれ違いは発生
2024年12月1日


自分を殺そうとした君に
あたしの旅の目的は、『自分』を倒すこと。 『今まで散々試したじゃん』 『首を絞めようが、凶器を振るおうが、君は僕を殺せない』 『今更そんな何の変哲もないナイフで、僕をどうする気?』 『僕のことが、殺したいほど憎いのは知ってるよ。でもさあ、どうやって倒すの? 何を以て『僕を倒した』と定義する? この物語に、どうやってオチをつけるつもりなの?』 向かい合っているあたしの分身は、あたしを苛立たせるのが世界一巧い。 こいつの言葉を聞きたくないし顔も見たくなくて全力で遠ざけていたから、もはや暴言だろうが暴力だろうがあたしが話しかけ触れてくれるのが嬉しいらしく、こういう場面になると緩みきった顔でこちらのアクションを待つ姿勢をとってくるのがなお気持ち悪い。 あいつが『あたしにあいつは殺せない』と断言するのには理由がある。 あいつの首を絞めると、あたしも息ができなくなるのだ。 あいつの指を切ると、血は出ないがあたしの指も同じ位置が痛むのだ。 だから殺せない。殺しきれない。あいつが死ぬほどのダメージを食らったら、たぶんあたしも窒息やショックで死んでしま
2024年5月8日


うちの子短歌もどき
Blueskyに掲載したもの まとめ 不定期更新予定 ■飛鳥 ループする世界でまだ会ったばかりのはずのあたしと寝られる貴方 (→琳) 恋バナの好きな親友(あなた)が可愛くて 恋なんてしている暇はない! (→ミカ) いま倒した魔物を食えるか訊くな 今夜悪夢に出たらどうする (→グレイ) さよならを言うための旅だったのに なんでそんなすぐ会いに来るの ■琳 チョコレート色の目、髪はココア色 彼女はきっと甘い味がする (→飛鳥) 「ありがとう、一番じゃないけど好きよ」なんて言っても 許してくれる? (→見透) 本日は自己主張の少ない君が「海行きたい」と言った記念日 (→見透) ■グレイ なに食ってそんなにデカくなったのか訊いたら「エビ?」と言われた。食うか (→琳) 共依存対策で距離を取ろうとしたのに自ら会いに行くなよ (→夕葉) ■ミカ 「可愛くねえ」なんて言うから「あらイヤだ、見る目のない男」と返すのよ (→グレイ) ■蓮 雨の音で目を覚ますと君がいない 癖毛と戦っていたらしい (→鈴李) ■鈴李 可愛い子 ずっと年下に見えるでしょう? 化粧はこの
2024年4月26日


無欲な男は寂しがり
「おや、ナイフだ」 武器の手入れをしていると新しい雇い主が覗いてきた。 「というよりは短剣かな?」 「元は双剣でな、子供の頃に買ってもらって、もう一本は年子の兄が持っている」 「へえ、いいね。でも普段使うのは槍だろう? 使い分けるの?」 「いや、こいつはもう殆ど使っていない。処分する気もないがな」 「そうなんだ」 「──傭われを始めて間もない頃に、お前にナイフは合わんと言われた」 「誰に?」 「同じ傭われに。駆け出しのころ、暫く世話になった」 「なんて言われたの」 「斬れすぎるんだとよ。まあわからんでもない。同じ理由で魔法もあまり使わないようにしている。手に馴染むのはこっちなんだがな」 「昔から持ってるものって、落ち着くよね」 手を止めて振り向くと、女は俺の斜め後ろに座り込んでこちらを見ていた。習慣で使っていない武器を磨いていたのがどうも物珍しかったらしい。 「その人、今は?」 「さあ」 「さあ?」 「どこで何してるか、生きてるか。なんなら年も名前も知らん」 「訊かなかったの」 「別に変でもないだろう。同業者も雇い主も、旅が終わればそこまでだ
2023年2月23日


彼とリラ
失礼だけど、最初彼が屋敷に来た頃、彼が少し怖かった。 女の子のようなきれいな顔立ちをしていたけれど、眼帯をしていて、顔も手も皮膚がボロボロ、それを隠すように暑い季節も全身着込んでいた。 世界には魔法障害というものがあるらしい。 魔力というものは目に見えない小さな粒として空気や動植物のからだの中を巡っていて、私たちの呼びかけで何にでも姿を変える力を持っている。水の魔法を使えば魔力の粒は結び合って疑似的な水となり、炎の魔法を使えば魔力は火薬や導火線になって発火する。姿を変えた魔力は時間が経つと分解されて、また元の何にでもなれる粒に戻る──とされている。 「彼の魔法はその『時間が経つと分解される』のプロセスに何か問題があるらしくてね」 教えてくれたのは屋敷の主だった。 「鉱石の魔法でね、鎧みたいに身体を覆って戦うのが彼のスタイルだったんだけど、それをやると皮膚から結晶が生えてるみたいになっちゃうんだ。割ったり削ったりしてオフするんだけど、除去時に表皮ごと持ってかれちゃうこともあるし、例えば手や指に細かい結晶が残った状態で顔とか触っちゃうとエッジで
2023年2月22日


最後の旅のはじめの夜
夢の中でも夜は来る。 船の軋む音。波の音。まだ二人だけの客室は静かだ。 これから、長い旅になる。あと五人もの仲間を迎えて、色々な街を巡って、修学旅行みたいな毎日を過ごすんだ。 そうして旅路の果てに、憎き悪役を倒したらもう終わり。あたしは現実世界に戻って、何もなかったみたいに平凡な高校生活を送る。よくあるシナリオだ。 この世界でどんなに高価なお宝を手に入れても、どんなに映える写真を撮っても、どんなに素敵な友達ができても、何も持って帰れない。みんなただの夢なのだから。 でもそれだったらあたしはどうして旅なんかするんだろう。 自分のものになり得ない大切なもの。そんなのばかり手に入れて何になるの。 「琳」 隣のベッドで規則正しい呼吸をしていた仲間に声をかける。 「うん」 「まだ起きてる?」 「起きてるよ」 琳がぱちりと目を開けると、猫の瞳のように暗闇に二つ明かりが灯った。 いま気付いたが琳の髪はほのかに光を帯びている。暗さに目が慣れただけかと思ったが、周りの家具はよく見えないのに琳の表情はよく見えるのだった。夢の世界の住人は夜光性なのか
2023年2月18日


楓谷眞透という男
遠い昔、自分も弟もまだほんの子供だった頃、弟はよく悪い夢を見た。 涙目で朝を迎えては、年の離れた末の弟に泣きべそを見られないように、 がむしゃらに目を擦っていた。 友達を殺す夢なのだと弟は言う。 毎度同じ夢を見て、毎度同じ誰かを同じ人数同じ手順で殺し、 自分だけになって、そこで初めて、 それまで息を止めるように堰き止めていた感情が溢れて自分に流れ込んでくるのだと。 心優しい弟のために、僕はその悪夢を自分が譲り受けるためのまじないを教えた。 正直な話、まじないはでたらめだったのだが、 何の因果か弟は悪夢をめっきり見なくなり、本当に自分がそれを見るようになった。 その映像を毎日毎日再生しても、ついぞ自分は泣かなかった。 ただ、毎日毎日再生して、そのうちに映像の全てを、 人間の殺し方や殺した友人の顔を覚えてしまった。 久しく会っていなかった弟の連れを見て、僕は呆気にとられた。 夢で毎夜殺し続けた顔がそこにあったのだ。 特に彼女。そう、あまりに端正で男性とも女性ともとれる彼女。 彼女が女性だと自分は既に知っていた。 左利きだと気付いて堪らなくなった。右手
2021年3月3日


夢見月の恋人
「……琳」 「うん?」 「まだ起きてる?」 「起きてるよ」 「……そっち行ってもいい?」 「そっち?」 琳は寝返りをうってこちらを向き、自分の布団を持ち上げた。 「ここ?」 許されるままに琳の懐にすっぽりと収まる形になる。布団の中は琳の体温が移っていて暖かい。琳は背も高くてあたしと全然違う身体をしているけど、こうして薄着で近くにいると、胸があるんだなとわかった。 これは最後のループの、序盤の話。 のちにミスカと接して気付いたけど、あたしにとってどれだけ見知った相手でも琳にとってあたしは出逢って間もない女の子のはずで、琳はあたしがそれに気付かないくらい当たり前に自分のぬくもりを貸してくれたのだった。 夢の世界は理想の世界で、あたしは何も取り柄のないあたしが特別なあたしになれる世界を夢に望んだ。 『主人公』なあたしの学校生活は何もかもが成功していて、きらきらした友人に囲まれ、周りの誰かより何かしらで優っていて、誰もが羨むような恋人がいた。 琳のオリジナルは今の琳より背が高く、男の子らしい快活さがあって、でもクラスの男子みたいに汚い話はし
2020年10月21日


オーダーメイド
「髪は長いのと短いのどっちが好き?」 自分一人しかいないはずのリビングで、少女の声がした。 「どっちかといえばショートかな」 「じゃあ長くするね」 声の発生源は僕の背後、少し上の方。たぶんソファの背もたれに腰かけているのだろう。 僕が黙っていると、声は話を続けた。 「服はどっちが可愛い?」 視界の端から腕が二本生えてきて、二着のワンピースを提示する。 色白で、華奢。十代前半程度の小さな手。現状読み取れるのはそのくらいだろうか。 「白の方が似合いそう」 「黒ね」 「……」 「メイクはどういうのがお好み?」 「きっと薄付きなくらいで十分だろうね」 「そしたら苺みたいなリップにしてあげる」 「……ところで何のアンケート?」 ここまで回答したところで首をぐりっと上向きに回転させると、実体が存在していた。 兎のような紅い眸は口紅と色がマッチしている。覗き込まれると髪が降りてきて、すっかり顔の周りを取り囲まれてしまった。 「アタシ、素直じゃないの」 背もたれからくるりと身を翻し、僕の両脚に跨って、彼女は真正面から僕を見る。細い毛先は床の上で蛇
2018年8月22日


写真とケータイ
露店で売っていた菓子を口にしながら街を歩く。談笑する六人の後ろ姿。 たぶん今日の夕方くらいの写真だ。 シャワーを浴びて部屋に戻ると、そんな画像を映した小さな機械を飛鳥が眺めていた。 「それ、写真機だったの? 電話だと思ってた」 思ったことをそのまま口に出すと、どうやら驚かせてしまったらしく、彼女は飛び上がったあとゆっくりとこちらを振り返った。 誰も気付かないうちにかなりの枚数を撮られていたようで、写真フォルダには私たちの何気ないひとときを収めたものが何十枚も保存されていた。そして、ふと思う。 「これシャッターは?」 「下の丸い奴。あ、そっちホームボタン。じゃなくて画面の、うん、それ」 聞き終わって一拍。そっとケータイをとりあげる。裏をこちらに向けて右腕を伸ばす。左手で飛鳥の肩を引き寄せる。 ぱしゃりと効果音が鳴った。 引き寄せられた体勢のまま、飛鳥は目をぱちくりさせてこちらを見上げている。 「なんで?」 「ん? ああ、さっきの奴、飛鳥がいないなと思ったから」 撮ってる側だから当たり前だけど、と加える。ぽかんとしていた顔が、しばらく
2017年6月1日
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