「髪は長いのと短いのどっちが好き?」
自分一人しかいないはずのリビングで、少女の声がした。
「どっちかといえばショートかな」
「じゃあ長くするね」
声の発生源は僕の背後、少し上の方。たぶんソファの背もたれに腰かけているのだろう。
僕が黙っていると、声は話を続けた。
「服はどっちが可愛い?」
視界の端から腕が二本生えてきて、二着のワンピースを提示する。
色白で、華奢。十代前半程度の小さな手。現状読み取れるのはそのくらいだろうか。
「白の方が似合いそう」
「黒ね」
「……」
「メイクはどういうのがお好み?」
「きっと薄付きなくらいで十分だろうね」
「そしたら苺みたいなリップにしてあげる」
「……ところで何のアンケート?」
ここまで回答したところで首をぐりっと上向きに回転させると、実体が存在していた。
兎のような紅い眸は口紅と色がマッチしている。覗き込まれると髪が降りてきて、すっかり顔の周りを取り囲まれてしまった。
「アタシ、素直じゃないの」
背もたれからくるりと身を翻し、僕の両脚に跨って、彼女は真正面から僕を見る。細い毛先は床の上で蛇のようにとぐろを巻いた。
「ほんとの姿もほんとの言葉も、もう見せてあげない」
果たしてこの娘は何なんだろう。
確かに僕は今、『過去』を作っている真っ最中だ。
愛しいあの子のために、倒し甲斐のある悪役を演じ切るための策のひとつで、先日僕は五人のしもべを用意した。彼らを魅力的な敵キャラに仕立て上げるため、こうして過去に遡り、出会いの場面からシミュレーションしてキャラクターの掘り下げを行おうとしていたところではあるが──彼女の番はまだのはずだったし、外見もこの通り今勝手に変更された。人間未満にしては随分自我が強いな。
むしろ元はといえば純粋な性格のキャラクターだったはずだ。素直で無邪気で、感受性が強くて、主人公のことを親友として誰よりも慕う、ヒロインのような少女。
敵キャラクターを創るなら、主人公と因縁のある者を。そう思って僕はあの子が昔捨てた友人役のお人形たちを拾ってリメイクしたのだ。友人役を敵役に作り替えたのだから、まあそれは闇堕ちみたいなふうにもなるだろう。あるいは、主人公と喧嘩別れした彼女が、僕に主人公と同じ何かを感じ取っているか。
それにしても、ただ単なる裏返しではたいして意味はないだろうに。
「君は可愛いね」
「……顔が?」
「中身が」
「そ、趣味が悪いのね」
つまんないと口を尖らせても、やっぱり可愛いと思った。
僕から降りてソファを離れると、まだ誰もいない屋敷の奥に彼女は戻っていく。
「ああ、そうだ」
一言だけ、注文を。
「長くするなら髪は結んだほうが──よく思わないこともなくなくもない?」
「どっち?」
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