あたしの旅の目的は、『自分』を倒すこと。
『今まで散々試したじゃん』
『首を絞めようが、凶器を振るおうが、君は僕を殺せない』
『今更そんな何の変哲もないナイフで、僕をどうする気?』
『僕のことが、殺したいほど憎いのは知ってるよ。でもさあ、どうやって倒すの? 何を以て『僕を倒した』と定義する? この物語に、どうやってオチをつけるつもりなの?』
向かい合っているあたしの分身は、あたしを苛立たせるのが世界一巧い。
こいつの言葉を聞きたくないし顔も見たくなくて全力で遠ざけていたから、もはや暴言だろうが暴力だろうがあたしが話しかけ触れてくれるのが嬉しいらしく、こういう場面になると緩みきった顔でこちらのアクションを待つ姿勢をとってくるのがなお気持ち悪い。
あいつが『あたしにあいつは殺せない』と断言するのには理由がある。
あいつの首を絞めると、あたしも息ができなくなるのだ。
あいつの指を切ると、血は出ないがあたしの指も同じ位置が痛むのだ。
だから殺せない。殺しきれない。あいつが死ぬほどのダメージを食らったら、たぶんあたしも窒息やショックで死んでしまうから。
あたしとあいつのいる場所が遠ければ遠いほど痛みのフィードバックが少ないことがわかったので、あたしは当初、仲間の皆をうまく誘導して、自分はどうにか距離を置いて皆にあいつを討伐させようと思っていた。それが読まれていたのか、皆はあいつの用意した手駒に分断されて足止めを食らい、あいつはあたしから離れない。
いまの状況で、君に僕は殺すなんて無理だろう?
あいつはそう高を括っているわけだ。
結論だけを言うと、今回誰一人として死者は出なかった。
あたしは生きていて、あいつも生きている。
そしてその生き残った今のあたしは──仲間の一人からとんでもない威圧感で睨まれていて動けなくなっている。
*
「傷は?」
何分あったのかわからない沈黙を破った、今日初めての言葉がそれだった。
仲間の中で一番低い、落ち着いた声が怖い。
「あ、大丈夫……あの、えっと、痛みは共有するんだけど、怪我したのは向こうだけなんだよね。その傷も回復魔法使える人、ほら金髪に眼鏡の、あの人に治してもらってたから、もうほとんど痛くない」
実際は今もなんとなく引きつるような感覚があるが黙秘した。もっと怒りそうだったから。
あの夜、あたしがあいつに向けていたナイフは、元はといえば彼、見透のものだ。
彼が旅の間だけ別の仲間に貸していたものを、更にあたしが貸してもらい──あたしはあいつの目の前で、それを持つ手をひっくり返して自分に向けた。
あいつが死ぬほどの痛みを食らったらあたしも死ぬ。
ということは、あたしが死ねばあいつも死ぬほどの痛みを食らうのだ。
結局作戦は失敗。あたしの意図を理解したあいつは死に物狂いで走って、ナイフの刃を握って止めた。
『『痛っっっっだ!!!』』
ときれいにハモって、ナイフは手から落としてしまった。
それで終わり。なあなあになってしまったというか、心臓がドクドクうるさくて、汗がひどくて、ボロ泣きするあいつもうるさくて、とてももう一回はできなかった。
「ん」
「え?」
目の前に彼の大きい手が広げられている。「ん」が何の「ん」なのかわからず彼の手と顔を交互に見て、数秒してからもしやと思い、こちらの右手の平を見せた。
「逆も」
慌てて両手を差し出すと、すかさず見透があたしの手をガシッと捕らえたので飛び上がりそうになった。
あたしのリアクションは意に介さず、見透はそのまま無言であたしの両手を検分している。これまではあたしが一言「大丈夫」と言えば「そうか」と言って基本的にそこからむやみに掘り下げようとはしなかったのに、信用が地に墜ちてしまったようだ。
「怒っ……てる……よね……」
「そりゃあな」
見透が怒ることは少ない。いつも静かで、あまり笑わなくて、よく知らない人から見たら常にムスッとしているように見えるかもしれないけど機嫌が良い悪いというよりは愛想がないだけだ。
その見透が珍しく怒っていたのを見かけたのは、自分が貸していたナイフを仲間が粗末に扱っていたのを見つけたときだった。元々二本セットの双剣で、一方を自分が、一方をもうずっと会っていないお兄さんが持っているのだそうだ。
あとは過去にもうひとつあったが──過去どころか並行世界の話だ。持ち出すことではないだろう。
「大事なものだって、言ってたもんね。それを、こんなことに……」
そこまで聞くと見透は怪訝な表情でこちらを一瞥して、
「おい飛鳥」
「ひぁいっ!!?」
ずいっと顔をこちらに近づける。
今日は見透が変だ。いや普段も話を聞くときは首から先を下げてくれるけどそれではない。怪我はないか心配はしてくれるけどこんな掴んでまでチェックしたりはしなかった。あたしのやったことは想像よりずっとでかい地雷だったのだと、いままさに血の気がどんどん引いている。
そこから少し間が開いたのは、あたしがあまりにもビビりちらかしていることに気付いて話し方や表情をどうにかしようと一人作戦タイムに入っていたのだと、後になって教えてくれた。
「……いいか、よく聞け飛鳥」
「ひゃい……」
先ほどよりちょっとは落ち着いたものの、依然縮こまっていて変な返事しかできないあたしを前に、見透もかなり顔が引きつっていた。
「……お前は、そのナイフで、」
ゆっくり、小さい石を一個一個置くように慎重に話す見透が、
「俺たちの友人を」
あたしを指差して、
「殺そうとしたんだ。……わかるか?」
そう言った。
それこそが今日一番伝えたかったことだと言いたげな目で、あたしの返事を待っていた。
これも後から聞いた話だが、その言葉に対してあたしがぽかんとした顔で「あたしたち、友達……?」なんて返したものだから、自身も大して自己肯定感の高くない見透は、これまでちょくちょく誰かの特別になりたいと言っていたあたしが『もっと特別な存在だと思ってた……』と傷ついているのか、『いやあくまでビジネスパートナーというか、旅が終わるまでの仲でしょ?』という意味で言っているのか、結構本気でわからなくてちょっとだいぶ喉元が苦しい感じになっていたそうだ。これは原文ママである。
結局見透は本人に直接確認する道を選び、恐る恐る「どっちの意味だそれは……」と尋ねてきたのだが、実際のところ、そのどちらでもなかった。このループする世界で、皆は何も覚えていないけどあたしは出会う前から皆が大好きで、それなのにちょっと嫌なことが起こるたびに皆の犠牲を条件にリセットボタンを何度も押して、そもそも皆を創りだしたのだって誰かに愛されたいっていうエゴで、だからあたしはあたしのことが大嫌いでずっと消えてほしくて痛みに苦しみながら死んでほしくて殺したくて仕方がなかった。
「あたし、ちゃんと『友達』らしくできてた……?」
あたしが、皆をどれだけ好きで、友達だと思っていても、皆があたしをどう思っているかなんて、わからない。皆が優しく素敵であるほどに、あたしは釣り合わなさで苦しくなる。こんな自分を皆が友人だと認識し、愛してくれるはずがないと思ってしまう。皆がそんな薄情な訳がないのは知っているくせに。
うずくまるあたしを見下ろして、見透はため息をついた。
「……そのくらいは自信持ってくれ」
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