来し方のヘアピン
- 1月26日
- 読了時間: 9分
「あいつ、何処行ったんだ……」
旅の仲間も増え、街での買い出しは二組に分かれて行動することが多くなった。それで今日は俺とミカの二人で南東エリアの店を回ることになっていた。
周辺で最も栄えているこの街は、旅人も街に住む人間も数が多い。特にこの辺りの様々な店が立ち並ぶ通りは人の少ない時間がない。賑わう雑踏の中、あいつは自分が他の人間より背が低いことも忘れて人の波に入り込み、そのまま姿を消してしまったのだった。
買うものや立ち寄る店の名前はリストにしてあるが、これはほとんどが共用の消耗品に関するものだ。いなくなる直前に『春用の上着が欲しい』と言っていたあいつが、リストにない服屋なんかに入り込んでいたりすると流石に捜しようがない。道中でリストにある店を確認しつつ、飛鳥たちとの合流場所のある方角へ向かっていくしかないだろうか。
「ねぇ、そこのおにいさん」
ふいに後ろから少女の声がする。知らない相手に話しかけるような口ぶりにかすかに疑問を感じながらも声の方へと振り返る。
「アタシみたいなヒト、見てない?」
言葉通り、声の主が指差しているのは、自分だった。人混みに隠れてしまう小柄な体躯。オレンジの髪にオレンジの瞳。
俺が今しがた捜していた少女と同じ顔をしていた。
「……は?」
*
その頃アタシは、知らない男の子に腕を掴まれていた。
さっきまで斜め後ろでアタシの話を聞いていたはずのミッスがいなくなっていることに気付き、軒先でしばらく道行く人を眺めていたが、彼の姿は見当たらない。
まぁ彼の性格ならきっと本来のタスクである買い出しをこなしながら合流場所の方に向かうのではないかしら。ならばアタシはルートからあまり離れないようにしつつ、自分の買い物を済ませておくのが一番スマート。そうと決まれば最優先は春のコート。アミュレットももう少しあった方がいいかしら。鞄とブーツは今のものでもいいけど時間があれば見たいわね。
まだ見ぬ可愛いアウターとの出会いに浮き足立つようにその場を離れようとした矢先、右腕だけがその場に固定されてしまってバランスを崩しそうになった。
「……」
振り向いた先にいたその男の子は、ミッスよりも更に背が高い。これからの季節にはちょっと重たい黒のロングコート。ネックウォーマーが口元まで覆い隠していて、目元しか見えない。
描写の通り、なかなかに異様で威圧感のある出で立ち。そしてこの状況。その割に──不思議と、そのときのアタシは彼から恐ろしさを感じなかった。顔に見覚えはないはずなのに、頭の奥底の方で彼のことを知っているような感じがしたからだ。
「あの……?」
彼はアタシの腕をつかんだまま、喋らない。わずかに何かを訝しむような表情をしたまま、アタシの言葉を待っている。
首を動かさずに彼を観察する。腕にショッパーを提げている。あれはロリータ系のセレクトショップのものだ。こっちは雑貨屋さん。もう一個はコスメショップ。
……女の子とショッピング中とみた!!
「……もしかして、誰かと間違えてる?」
ぴくりと彼が反応した。先ほどこちらがそうしたように、姿勢を固定したまま視線だけを動かしてアタシの全身を観察した彼は、しばらくしてぎこちなくアタシの腕を放す。
「……失礼を」
「いえ! 全然、気にしないで」
ひどく小さな声だった。もしかして凄く内気な子なのかしら。大きな身体を小さく丸めて話すその姿は、誤って見知らぬ女性に触れてしまって恐縮しているようにも、背の低いこちらに合わせて身を屈めてくれているようにも解釈できた。
彼がアタシと間違えた女の子は、どこにいるのだろう? アタシとミッスみたいにはぐれてしまったのだろうか。
「ねぇ、アナタ。……よかったら、一緒に捜さない? その娘のこと」
*
「……」
少女はミカと顔は瓜二つだったが、服装や髪型が違っていた。去り際の台詞が状況をややこしくしているが、服を買って戻ってくるほどの時間は経っていないだろう。
「……喋れないの?」
「喋れる」
「だったら他人の質問には答えてよ」
「……今しがた見失ったところだ」
「あらまぁ」
少女が露骨に失意を顔に浮かべる。まだ付き合いがそう長いわけでもないが、表情の違いが別人であることをより明確にしていた。
「当てはあるの?」
「おそらく通り沿いににはいるだろう。他の仲間と落ち合う場所も決めてある」
「他の子がいないうちに済ませたかったんだけど」
「『そいつ』とは知り合いか?」
「会ったことはないけど知ってるわ」
「お前は何者なんだ」
「内緒」
どうもミカに用があるということくらいしかわからない。双子というには似すぎているが、人間に化けるような魔物や妖精がこんな街中に出るはずもない。こいつをミカと引き合わせていいものなのだろうか。
「双子でも妖精でもドッペルゲンガーでもないわよ」
心を読んだかのように少女が返答する。
「だったらその顔はどうしたんだ」
「これが今日のメイクなのよ」
「メイク?」
「女の子はオシャレに意味を持たせるのよ。春が来るから爪に桜の色を乗せる。大人っぽい人と会う日は背伸びした靴を履きたくなるし、アフタヌーンティーを愉しむ日はドレスからお嬢様になるの。知らないでしょう」
「……それで? その写し鏡の姿には何の意味がある」
「あらよくわかってるじゃない。そうよ、アタシは『鏡』なの」
「……?」
「心を映し、動きをなぞり、でも幻なの。それがアタシたち」
「何の話だ」
「なんだ、別に知ってるわけじゃないのね。感心して損した」
「……」
こんな訳のわからない会話を、ミカの奴と合流するまで続けなければいけないのだろうか。
*
「ティカネッテに来るのは初めて?」
「一緒にいた子とはデート? それとも他にも誰かいた?」
「ねぇ、その子とは恋人? えっ、違う? じゃあ、じゃあ、もしかして片想い……?」
彼はミッスよりも更に無口で、アタシの質問にはほとんど頷きだけで答えていた。YESとNOで答えられないときにだけ、先ほどと同じくらいの小さい声を聞かせてくれる。アタシばかりが喋っているけど、不満や居心地の悪さは感じない。昔から知っている人と話すような馴染んだ空気がここにはあった。
なんだろう、誰か友達にでも似ているんだろうか? 地元にもこっちにも、彼に似ている子なんていなかったと思うけど。
強いて言えば飛鳥だろうか。飛鳥はなんというか、人に慣れていないウサギや小動物みたいな感じがする。本当は甘えたさんなんだけど、今はまだ相手との距離を測っているような、いじらしさがあるのだ。
「そういえばその子、お名前は?」
「……リラ」
「リラちゃん。どんな子なの? アナタはリラちゃんのどういうとこが好き?」
好きな子の話になると彼は一層喋れなくなったようで、わずかに覗く頬を赤らめていた。目を伏せると長い睫毛が揺れて、そこで目蓋のパールのようなきらめきに気が付いた。
「……アイシャドウ、素敵ね」
くすんだピンク色だった。スモーキーな色を重ねた目元は上品な雰囲気で、男の人がメイクするとこんな感じなのだと見入ってしまった。
「春ってピンクを身につけたくなるわよね」
「……リラも同じことを言っていました」
「あら本当? 気が合うかしら、アタシたち。まだ会ってもいないけど」
「貴方に会いに来たそうです」
「え?」
聞き返そうとしたその間際、ミッスの声が聞こえた。
「あっ」
予想通り、彼単独で買い出しをある程度進めてくれていたようだ。
「ゴメンナサイ、置いてっちゃった。買い出しも任せきりになっちゃって」
「まったくだ」
言った端から、今度は先ほどまで一緒にいた彼を置いてけぼりしてしまったことに気付き、戻ろうとしたのだが──
「信じらんない!!」
彼は彼よりずっと小さい、可愛いコートを着た女の子に叱られていた。
「全然違うでしょ! 間違えないで!!」
「あ、あの……」
彼女がリラちゃんなのだろうか? 怒られている彼が可哀想で、仲裁しようと駆け寄って、彼女の顔を覗き込んだ。
「……」
こちらに向き直したその少女は、アタシだった。
雰囲気や背格好が似ているとかではなく、同じ顔なのだ。
彼女はつかつかと、互いの爪先がぶつかりそうなくらいまで近付いて、キスしそうなくらい近くまでアタシの顔を引き寄せた。
「ふーん……」
「な、なに……?」
彼女は不機嫌そうな顔で、アタシの頬や髪に触れながら、アタシをじっくり見つめていた。鏡を見ているようにそっくりで、それでいてこちらの感情とはリンクしていない表情には、言い表せない不気味さがあった。
数秒ののち、興味を失ったかのように彼女はあっさりとアタシから離れる。
「今日はそれを渡しに来たの。それじゃあね」
彼女が両の手でバサッと後ろ髪をなびかせると、髪は一瞬で色が変わり、毛先のカールしたロングヘアになった。一瞬だけこちらを見てひらひらと手を振り、彼と腕を絡ませて、人混みの中へと消えていった。
彼女の手が触れた部分を指で確認する。前髪の左サイド、こめかみの部分には、葉っぱの形をしたヘアピンがついていた。
*
見透たちとの合流場所に向かうと、遠目にミカが新しい上着を着ているのが見えた。
といっても、ループしているあたしにとってはこちらの衣装の方が馴染みがある。魔女っ子みたいで可愛らしくて、あたしはこの姿のミカが好きだ。
「あら飛鳥、お疲れさま」
あたしを見つけてぱっと明るい笑顔を見せるミカを見て、あたしの足はその場で動きを止めた。
ミカが見覚えの『ある』ヘアピンをしていたからだ。
「……それ、どうしたの」
あたしの記憶にあるそのヘアピンは、もうこの場にないはずだ。
だって、過去のループの物だから。
最初の世界線で、あたしは何かミカとお揃いのものが欲しくて、二人でヘアピンを買ったのだ。あたしの分のヘアピンはその後ミカと喧嘩したときに捨ててしまったのだが、ミカは第一のループが終わるまでずっとそれを前髪につけていた。
それ以降のループでは、ミカがあのヘアピンをつけていることはなかった。だってあれを買うイベント自体がないのだから。だからずっと、その物足りない前髪を、そういうものだと割り切って過ごしていたのに。
「ああ、これ? ちょっと不思議な子に出会ってね、貰ったの。変かしら?」
「……ううん、似合ってる」
「そ、よかった」
あたしの胸がざわついた理由を、打ち明けようとは思わなかった。昔のミカとの思い出を、今のミカは当然知らない。
あたし以外の誰から、そのヘアピンを貰ったのだろう。もう一個のヘアピンはその子が持っているのだろうか。あたしとミカの、お揃いだったのに。
これまでの旅と何かが違う今回の旅に、またひとつ、いつもと違う要素が増えた。過去から届いたこのヘアピンに、どんな意味が込められているのだろうか。



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