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最後の旅のはじめの夜

  • 宮間 怜一
  • 2023年2月18日
  • 読了時間: 3分

更新日:2024年1月6日

 夢の中でも夜は来る。

 船の軋む音。波の音。まだ二人だけの客室は静かだ。

 これから、長い旅になる。あと五人もの仲間を迎えて、色々な街を巡って、修学旅行みたいな毎日を過ごすんだ。

 そうして旅路の果てに、憎き悪役を倒したらもう終わり。あたしは現実世界に戻って、何もなかったみたいに平凡な高校生活を送る。よくあるシナリオだ。

 この世界でどんなに高価なお宝を手に入れても、どんなに映える写真を撮っても、どんなに素敵な友達ができても、何も持って帰れない。みんなただの夢なのだから。

 でもそれだったらあたしどうして旅なんかするんだろう。

 自分のものになり得ない大切なもの。そんなのばかり手に入れて何になるの。


「琳」

 隣のベッドで規則正しい呼吸をしていた仲間に声をかける。

「うん」

「まだ起きてる?」

「起きてるよ」

 琳がぱちりと目を開けると、猫の瞳のように暗闇に二つ明かりが灯った。

 いま気付いたが琳の髪はほのかに光を帯びている。暗さに目が慣れただけかと思ったが、周りの家具はよく見えないのに琳の表情はよく見えるのだった。夢の世界の住人は夜光性なのかもしれない。

「……そっち行ってもいい?」

「そっち?」

 琳は少し考えて、「ここ?」と片側の腕で布団をめくって見せた。


 琳の懐に収まる形で寝転がる。体温で布団は温かかった。

「寝れなかった?」

「色々考えてて」

「そっか」

 このときは意識になかったが、あたしは何度も同じ夢を見て琳のことをよく見知っていても、琳にとってはそうではない。無害とはいえ、出逢って日も浅いよく知らない女の子を抱いて眠れる人なのだ。

「不安?」

「……うん」

「ひとりだと、何からやったらいいかわからなくなるよね」

「琳もいるからふたりだよ?」

「そうだけど。言えないことのひとつやふたつあるでしょ」

「……」

「あ、なんでも全部打ち明けてってことじゃないよ。

 立場が似てるからわかってやれることもあるけど、結局なにかしら、飛鳥にしか考えられないことって存在するから」

 琳はあたしと出逢ったあの港街の出身ではなく、遠い空中都市からひとりで流れ着いてあの街に来たのだという。

 とはいえ空中島はあくまで『異世界』の範囲内。現実人はあたしだけ。そういう意味ではこの世界であたしが一番ひとりなのかもしれない。

「飛鳥」

「なに?」

「旅が怖くなったり、帰りたくなくなったら、ずっとここにいてもいいんだからね」

 琳の顔を見上げる。

 考えたこともなかった。いつか帰るのが普通だと思っていたから。

 だってそうでしょう。夢なんだ。現実逃避という奴だ。気が済むまでいじけたらその後はちゃんと自分のやることに向き合わないと。

「よくないと思う」

「そう?」

 眩しくはなかったけれど、髪の光が視界に入らないよう顔をうずめて目を閉じた。琳もそれきり何も言わなかった。

 甘えすぎるとつらくなる。これから出会うみんながみんな優しくてみんながあたしに都合のいいことばかり言いだしたら、きっとあたしの見栄も意地も全て溶けてなくなってしまう。自分のやることを放棄して別の誰かをすり減らしたときの虚しさや罪悪感はもう知っている。これは旅の間だけでもあたしひとりで抱えるべきだ。

 あたしだけが知っているみんなの話。いつか、旅が終わったら。

 意識が夜に溶けていく。夢の世界で眠りについた。

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