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彼とリラ

更新日:5月17日

 失礼だけど、最初彼が屋敷に来た頃、彼が少し怖かった。

 女の子のようなきれいな顔立ちをしていたけれど、眼帯をしていて、顔も手も皮膚がボロボロ、それを隠すように暑い季節も全身着込んでいた。


 世界には魔法障害というものがあるらしい。

魔力というものは目に見えない小さな粒として空気や動植物のからだの中を巡っていて、私たちの呼びかけで何にでも姿を変える力を持っている。水の魔法を使えば魔力の粒は結び合って疑似的な水となり、炎の魔法を使えば魔力は火薬や導火線になって発火する。姿を変えた魔力は時間が経つと分解されて、また元の何にでもなれる粒に戻る──とされている。

「彼の魔法はその『時間が経つと分解される』のプロセスに何か問題があるらしくてね」

 教えてくれたのは屋敷の主だった。

「鉱石の魔法でね、鎧みたいに身体を覆って戦うのが彼のスタイルだったんだけど、それをやると皮膚から結晶が生えてるみたいになっちゃうんだ。割ったり削ったりしてオフするんだけど、除去時に表皮ごと持ってかれちゃうこともあるし、例えば手や指に細かい結晶が残った状態で顔とか触っちゃうとエッジで引っ掻いちゃったりするわけ」

「でもそうなるってわかってて何度も能力を使ったの? 戦うなら鉱石の力で武器を作るとか」

「戦うのが仕事だったのさ。それもそんな見た目で戦うのがね」

「見た目が要るの?」

「要ったの」

 彼がこの屋敷に招かれる以前、どこでどのような暮らしをしていたのかはよく知らない。

家主は私を含め、これまでも何度か私と同じ年頃の子供たちを屋敷に連れてきて、こうして一緒に住まわせている。どこで出逢って連れてくるのか、訊いてみると大抵「内緒」とはぐらかされる。不思議な人に不思議な縁を紡がれて私たちはこのお屋敷に住んでいるのだった。

「ところで彼は?」

「彼なら今、リラと一緒だよ」


 *


 リラは十から十二歳くらいの見た目をした女の子だ。私よりもずっと前からこの屋敷にいるらしいが、出逢った頃からあの姿のまま変わらないのだ。自分や周りのものの外見を自由に変えることができるから、もしかしたら本当はずっと年上なのかもしれない。


 彼は家事をよく手伝ってくれた。ほとんど喋らないし身体が大きいからすぐそばにいるとなんだか少し威圧されたけど、どうやら大人しい子みたいだった。

 一日ごとに、彼の肌はきれいになっていった。最初に手や腕、のちに顔も。肌に残った鉱石の根元は平らに均され、傷や肌荒れも徐々に消えていった。この屋敷は戦いと無縁だ。魔法を使わない時間が続けば彼の身体は本来の姿を取り戻すだろう。

「削ってあげたの」

 リラは言う。

「爪やすりじゃ全然削れなくて工具取りに行ったけど」

 そういえば初日からよく一緒にいたなと思い出す。

「大変だったでしょ」

「すっっごく大変! 一日目右手しか終わんなかったのよ」

 リラはメイクが好きで、今日も赤いネイルをしている。まだ私がリラより小さかった頃私におしゃれを教えてくれたのもリラだし、気まぐれそうに見えて当時から丁寧なところはとことん丁寧なのがリラだった。

「最初ね、リラ嫌がられちゃったの。自分の肌はゴツゴツしてるからって。リラの小っちゃくてかわいい手は怪我しちゃうって。でもそれでイヤイヤって暴れられた方がリラ危ないわって言ったら大人しくしてくれたけど」

「ちょっと意地悪ね」

「ホントのことだもん」

「それで夜通し?」

「夜通し」

「リラらしいわ」

 ちょっとゴシックなリラの部屋。中央でぎこちなく椅子に座る彼。その手を取って地道にやすりをかけるリラ。ありありと想像できるのは私もリラにネイルをしてもらったことがあるからだ。

「石のところもゆ~っくり魔力の粒に戻ってるみたい。そのうち普通のお肌になるよ」

「そうなの! よかったわね」

「石のところ減ってきたから最近はハンドクリーム塗ってあげてるの」

「あら、もしかして……」

「なに?」

「彼、たぶん塗り薬だと思ってるわ」

「……こんど説明してあげよ」


 *


 洗い物をしているとまた彼が見に来ていたので、食器を拭くのをお願いした。

「あらっ」

 目を合わせたところで気が付いた。同時に彼もぎくりとした。

 目元にラメ。口にはルージュ。誰がやったか明白だ。

「あっ待って、擦っちゃだめよ」

 彼が慌てて手や襟で隠そうとするものだから私も慌てて彼を宥めた。

「えーと、リラよね? うーんと、あのね」

 落ち着いて。話を聞いてほしい。

 きっとそうだという推理をもとに、私は言葉の順番を定める。

「その色、リラのお気に入りなの」

 唇を指す。そう、まずはこれが最初。

「落としたかったら私の部屋に化粧落としあるけど、使う?」

 そう尋ねると彼は少し固まったあと、首を横に振った。


「魔法をかけてもらいました」

 何日前だったか。家事の合間に彼がぽつりとつぶやいた。声を聴いたのはそれが初めてだったかもしれない。

「わたしの手を、きれいにしてくれました。ひとの形をしています」

 はじめ私は言葉通りリラが変身の魔法をかけたのかと思ったが、少し触らせてもらって、まやかしでなく本当に削って形を整えたのだとわかった。

「この醜い皮膚に、ひとを傷つける身体に、難なく触れて、愛おしむようにしてくれるのです。あの白い、ちいさな手で」


 ──そういう話をしていたから、きっと化粧そのものはともかく、その手で化粧をしてもらうことは彼も嬉しいのではないかと思ったのだ。だったらそれを妨げたくはない。同じ屋敷で暮らしていくのだから。



 後日、リラにショッピングに誘われた。今日は靴と化粧品を見たいらしい。彼も一緒だった。

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