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夢見月の恋人

  • 宮間 怜一
  • 2020年10月21日
  • 読了時間: 6分

「……琳」

「うん?」

「まだ起きてる?」

「起きてるよ」

「……そっち行ってもいい?」

「そっち?」

 琳は寝返りをうってこちらを向き、自分の布団を持ち上げた。

「ここ?」

 許されるままに琳の懐にすっぽりと収まる形になる。布団の中は琳の体温が移っていて暖かい。琳は背も高くてあたしと全然違う身体をしているけど、こうして薄着で近くにいると、胸があるんだなとわかった。

 これは最後のループの、序盤の話。

 のちにミスカと接して気付いたけど、あたしにとってどれだけ見知った相手でも琳にとってあたしは出逢って間もない女の子のはずで、琳はあたしがそれに気付かないくらい当たり前に自分のぬくもりを貸してくれたのだった。


 夢の世界は理想の世界で、あたしは何も取り柄のないあたしが特別なあたしになれる世界を夢に望んだ。

 『主人公』なあたしの学校生活は何もかもが成功していて、きらきらした友人に囲まれ、周りの誰かより何かしらで優っていて、誰もが羨むような恋人がいた。

 琳のオリジナルは今の琳より背が高く、男の子らしい快活さがあって、でもクラスの男子みたいに汚い話はしない、少女漫画にしかいないような完璧な男の子だった。あたしにはどう考えても不釣り合いな、男の子だった。

 あたしはきっと自覚があったのだと思う。どれだけ素敵な友達や恋人がいても、現実じゃない何でも叶う世界だったとしても、あたしはあたしが知っているあたしのまま。そしてあたしの周りにはあたしよりもずっとずっと素敵な女の子がいる。『そういう展開』が来てしまえば、あたしにまるきり勝ち目がない。少女漫画のイケメンは、主人公以外にも恋をするのだ。

 なんとなく気味が悪くなってしまって、その次から琳にはずっと女の人でいてもらっていた。

最近は男と男とか女の子と女の子みたいな漫画やドラマも増えたけど、あたしはやっぱりそういうのではないと思ったからだ。

 一緒に過ごして、つらくなって、壊して、創り直して、それを何回も何回も繰り返した結果が今生存している琳だ。

 うまくいかなくなっては皆を殺し、始めからやり直してきたこの夢物語を、今回あたしはついに誰も殺さずにエンディングまで走り抜けた。今はエンドロール後の、物語と現実のはざまの時間にいる。

 七日間。皆の中から毎日一人ずつ指名して、一緒に過ごして、七日後にあたしは現実に帰る。


「で、今日は私と。」

 ナチュラルに喋ってる琳の向かいで、あたしは大口開けて喋れなくなっていた。

 胸くらいまであった髪がない。

 いつも首の後ろでひとつ結びにしていたけれど今はおさげが丸ごとない。

「り、りりり、あの、髪っ」

「ああ、似合うだろう?」

「に、似合うけど、似合うけどいつ切ったの」

「ん、えーっと、三日くらい前かな?」

 初日だ。つまりあたしが他の人と過ごしている間に琳はばっさり髪を切っていて、あたし以外は全員この三、四日のどこかしらで琳のこの姿を見ている。あたしだけが知らなかったのだ。

「なんか……悔しい」

「悔しい?」


 結局琳との一日は、街を歩いて買い物したりちょっとおしゃれなところでご飯やスイーツを食べたり、なんて感じのいかにもなデートになった。

 今の髪型なら琳を知らない人はますますどっちなのかわからないだろう。斜め前を歩く琳の耳元や首の後ろばかり見ているとたまに気付いてこっちを覗き込んでくる。こういう気まぐれさは『昔』は持ち合わせていなかった気がする。

 泊めてもらっている屋敷は街より少し離れている。春の始めで日が落ちる時間はまだ早い。二人きりの帰り道だった。

「琳」

「うん?」

「手握って」

 特に気に留めた様子もなく、琳はあたしの言葉通りにあたしの手を握る。暖かい。手のひらも大きいし指も長い。こういうときの琳の動作はとてもゆっくりで、五感ぜんぶがせわしなくこの瞬間を噛みしめようとしてしまう。

「琳」

「うん」

「ハグして」

 琳は軽く屈んであたしをふわりと抱き寄せる。夜の落ち着くにおいがした。

「……琳」

「うん」

「――キスして」

 ほんの一瞬 琳から表情が消えてどきっとした。たぶん驚いた顔だったのだと思う。真面目な顔で少し見つめてから、利き手であたしの頬を包む。琳は背が高い。見上げるあたしの顔を支えて、自分の顔を近づけ――

親指を優しくあたしの唇に押しつけた。


 時間が波のように戻ってきた。

 あたしはただただぼーっと琳の顔を見つめていて、琳はあたしの意識が戻ってくるのを待つようにこちらを見つめ返していた。

「嫌だった?」

「嫌じゃないよ」

「じゃあなんで?」

「ん? うーん、そうだな……」

 琳は言葉を考える。きっとあたしが「なんとなく」では納得できないのをわかってくれているのだろう。ひと呼吸置いて、くるりとこちらを見た。

「手を握られたり、抱きしめられたときってさ、どんな感じする?」

「ど、どんな? 」

 質問に質問が返ってくるとは思わなくて、あたしは少し面食らう。

「――なんか、そわそわするよ。暖かいけど、なんか、こう」

「うん。その感じを、これからも大事にしといて」

「どゆこと?」

「抱きしめるとかくちづけをするとかはあくまで形でしかないからさ、そこまでしなくてもドキドキできたり満たされたりするなら、別に焦って求めたりしなくていいんだ。そういう行為や、それをする相手をね」

「……」

「伝わる?」

「ぼんやり」

「ぼんやりでいいよ」

 もしかして、今の今まで琳はあたしの恋人だったんだろうか。

 どっちも告白なんてしてないし、きっとどっちも恋はしてなくて、それでも。

 髪の短くなった琳を見る。昔からお兄さんが『長い方がいい』と言っていたから琳はロングにしていたと聞いた。親や周りの人にもよく言われたと。本当は誰より、琳を創ったあたしがそれを願っていたのかもしれない。『うちの子』はあたしのために生きるのをやめてくれたのだ。

「大事にしなかったら、あたしどうなる?」

 せっかくなので訊いてみる。可愛げのない質問だって大丈夫。琳はそれで機嫌を悪くしたりはしないし、

何よりあたしたちはもう恋人じゃないから。

「自分の声を無視するってことだからな、きっと段々自分の心情が読み取れなくなっちゃうんじゃないかな。

せっかく好きな人と一緒にいても何も感じられなくなったり、嬉しいはずのことが辛く感じるようになったり」

「やだね……」

「うん。でも大丈夫。そういう未来はないに越したことはないけど、そういうがあったとき帰ってこれるように私たちがいるんだ」



「手繋いでいい?」

「いいよ」

「また一緒に寝てくれる?」

「うん」

「琳はやさしいね」

「そう?」

そのまま手を繋いで帰った。濃藍の夜だった。白い街路樹からはらりはらりと薄い花びらが離れていく。

夢の中でも春はサクラらしい。三月が終わるのだ。

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