「おや、ナイフだ」
武器の手入れをしていると新しい雇い主が覗いてきた。
「というよりは短剣かな?」
「元は双剣でな、子供の頃に買ってもらって、もう一本は年子の兄が持っている」
「へえ、いいね。でも普段使うのは槍だろう? 使い分けるの?」
「いや、こいつはもう殆ど使っていない。処分する気もないがな」
「そうなんだ」
「——傭われを始めて間もない頃に、お前にナイフは合わんと言われた」
「誰に?」
「同じ傭われに。駆け出しのころ、暫く世話になった」
「なんて言われたの」
「斬れすぎるんだとよ。まあわからんでもない。同じ理由で魔法もあまり使わないようにしている。手に馴染むのはこっちなんだがな」
「昔から持ってるものって、落ち着くよね」
手を止めて振り向くと、女は俺の斜め後ろに座り込んでこちらを見ていた。習慣で使っていない武器を磨いていたのがどうも物珍しかったらしい。
「その人、今は?」
「さあ」
「さあ?」
「どこで何してるか、生きてるか。なんなら年も名前も知らん」
「訊かなかったの」
「別に変でもないだろう。同業者も雇い主も、旅が終わればそこまでだ」
「契期の延長は?」
「それは言われればやるが」
「……リン・アル・ウィステリアです」
「どうした」
「訊かれてなかった気がする」
「自分から言ってたからな」
「もう一人は誰でしょう」
「天峰飛鳥」
「よし」
まだ契約が決まって日が浅いが、この女はどうも時々話が飛ぶというか、素っ頓狂なことを言うときがある。
「言わなかったら知らないままだった?」
「かもな。なくてもいい情報だ」
「なるほどね」
「船や馬車で旅をするとき、要るのは目的地と渡し賃だけだ。それさえあればアシは手に入る。傭兵だって似たようなものだ。一時的にバケモノを払う力が手に入ればそれでいい。目的地までの縁だ。すぐに済む」
何が可笑しいのか知らないが、女はくすくす笑っている。気に障る奴だ。こいつといると喋りすぎる。
「——聞いてくれるか?」
独り言のように軽い声色で、女は切り出した。
「飛鳥が欲しいのは、戦力じゃなくて仲間らしいんだ」
「……?」
「私や貴方と、仲良くなるのを求めているみたいだよ」
「なんでまた」
「さあ? あの子も複雑で、言えないことがいっぱいあるみたいだけど、理由があって貴方がいいと言ってるんだと思う」
まぁたまたま契約前に戦闘シーンを見ることができたからとか年齢が近そうだからとか大なり小なりあったんだとは思うが。
「それでなんだけど。もうちょっと無駄多めに過ごしてみない?」
「無駄?」
「うん。必須じゃないけどやってみたいこと、頼まれたけど拒みたいこと。言ってみるといい。そういうことができると、たぶん仲間っぽくなる」
「要らんだろう」
「要るよたぶん。——じゃあさ」
「なんだ」
「私にだけ言うといい」
「……」
「聞けることは大体聞いてあげる。どう?」
「悪い冗談だ」
「ははは」
数日後。買い出しの際、顔見知りの商人に押し売りをされる。町の工芸品の小さい魔物避けだ。別に要らんが買わされたそれを飛鳥にそのままくれてやった。リンの奴がにまにましている。無駄なことをした。
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