かたちの違う 誠実な人
- 宮間 怜一
- 4月20日
- 読了時間: 4分
『好きだよ』と、そいつは軽々しく口にする。
曲がりなりにも異性で、俺には散々『お前が嫌いだ』と言われていて、周りには自分を好いている人間が何人もいるにも関わらず。
「なんで、よりによって俺に言う」
「というと?」
「誰とは言わないが、もっと言うべき相手ってのがいるべや」
「むしろ相手は選んでいるぞ?」
「はあ?」
いつもと変わらず涼しい顔で、
「夕葉だから言っているんだ」
嫌味なく真っすぐ俺の目を見つめて、そんなことを言い放つ。
「そ〜〜いう台詞を『他人を口説きながらじゃねえと喋れねえのか』 と言ってんのよ俺は」
「口説いてはいないよ」
「じゃあ何よ」
「言いやすいんだよね。私のこと嫌いだから」
「はあ?」
本日二度目の『はあ?』が出た。こいつと話すと何回言っても言い足りない。
「私のこと嫌いっていうのはさ、ちょっとやそっとじゃ揺るがないでしょ」
「そりゃあな」
「飛鳥には前にちょっと話したんだけど、私かっこつけでさ。それってつまり相手の心証を気にする方なんだけど」
「おう」
「私のことがずっと嫌いなら、多少のことで私の印象は変わらない。元からマイナスなら好意を失う心配もない。楽なんだ」
「都合がいいってか」
「そうそう。『れすば』って言うの? 小競り合いみたいなのも、他の人とはしないから楽しいんだよね」
「もう嫌われてるから悪態つきやすいと」
「ろくでもない奴だと理解されている安心感?」
「ろくでもないと思われてる相手に好きだのなんだの言うなや」
「好きなのは本当だよ? 貴方は性格や言動の気にくわない相手に対して、相手の評価を貶めようと足を引っ張ることはしない。信用していない相手の話でもひととおり聞いてから内容を吟味するし、背後から攻撃されそうになっていれば見殺しにはできない」
「いやそれはー……んなことしても、ただ俺の評価が下がるだけだべ」
「そうなんだけどさ、意外とそういう割り切りのできる人っていないよ。私は貴方を、素敵だと思う」
「不服」
「不服かぁ」
「別に日常の場であんたが男子に混じってようが女子と過ごしてようがどうでもいいが、その『好き』の二音を発するのは、流石に相手を考えた方がいいんでねえの」
「あー……うーん」
「不服か」
「不服」
「……」
「……好きなのは、本当なんだよ。今いる仲間も、クベースで出逢った人も、旧い友人も、家族も。好きな人がいっぱいいる。──見透のことも好きだよ。でも見透の場合はもうちょっと、言うタイミングを絞ってほしいんだろうなぁと」
せっかく『誰とは言わないが』と濁しておいたのに、こいつは悪びれもなく名前を出す。
いつもこうだ。俺よりずっと聡く、物事の機微によく気付き、俺より上手く他者に寄り添えるだけの器量がありながら、それをしないという選択をとる。悪辣な奴。
「……『好きだよ』って言葉はさあ、一般的には『自分の恋人になってください』って意味だろう?」
「まぁそうな」
「違うんだよな、私は本当に、言葉どおり『貴方が好ましい』というのを伝えたいんだ。できることなら、好きな人全員に、もっと惜しみなく。だけど、『貴方が好きです』の言葉が『貴方が好きです』という意味として機能していない今、じゃあどうやって貴方が好きだと伝えればいいんだろう? 常々思っている」
「常々考えた結果、どういう戦略にしたんだ?」
「結局重ね重ね伝え続けるのが一番な気がする」
「そうなるか?」
「それが一番、損がないと思うんだよな。思わない?」
「俺はお前と違うんでね」
「それで私のこと嫌いなのか」
「そうだよ」
「一応言うと、相手に合わせて変えてはいるよ。好きの形も違うしね。それで夕葉には一番なんの気遣いもなしに言っていたら、それが夕葉の鼻についたってわけ」
「遣えよ気を。なんでそうなる」
「それはね──貴方は、相手の言葉のひとつひとつを、丁寧に、どういう意味かを考える。そういうことができる人。そういうふうにしてる人。だから貴方なら大丈夫。──信用しているんだよ?」
なるほどそれは信用だろう。ふつう人間が『誤解や負担のないように』と、必死に想いの手綱を握っているのを、こいつは多少ひとを選びはしたうえで、相手にすべてを委ねているのだ。
本当に、身勝手で、奔放で、
「腹立つわ」
羨ましい奴。
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