top of page


はじめのはなし
少女は『平凡』という言葉が嫌いだった。 教室にいる他の人間と自分を比べ、誰かほど突出して優れた点もなければ突出して劣った点もない自らのことを『無個性』であると感じていた。『普通』や『平凡』という言葉を嫌悪し、それらの言葉がふさわしい自分自身のことも、少女は忌み嫌っていた。 家庭環境や友人関係に大きな不満はなく、人並みに苦労し、人並みに幸福な日々を送っていた。それでも時折、小さな波が押し寄せるような不安を感じることがあった。 それは教室で談笑している最中ふと自分だけがグループから離れた位置にいるような感覚であったり、みんなで家路を辿る途中でこっそり姿を消しても誰も気付かないのではないかといった憂いであった。そういった、自分が何かに埋もれて見えなくなってしまうような不安を、少女は誰にも悟られぬように背中に隠していた。 毎日のルーティンを終え、あたたかな布団にくるまるとき、少女は薄っすらと憂鬱な、『朝が来てほしくないような気持ち』を抱いていた。 『これは夢だ』と、自覚のある状態で見る夢を明晰夢という。 夢の中、少女は夕陽に染まる教室にいた。
2025年7月9日


ナバト 飛鳥-2
暗くなるにつれ、森は姿を変えてゆく。普通の木々に混ざって生えていた妙な形状の細い木は、景色と反比例するように少しずつ柔らかな光を灯しはじめた。 「……これって街灯? それとも木?」 「たぶんそういう種類の木なんじゃないか? 確かそのまんま街燈樹(がいとうじゅ)って名前だったはず。加工してランプや武器にしたものを見た覚えがあるよ」 「魔法の杖とか?」 「そうそう」 なるほど、そういう視点で見ると、この変な木も案外面白いデザインかもしれない。この先で出会う仲間のひとりに、魔法使いの娘がいる。せっかくなら、あの子には可愛い武器を持たせてあげたいものだ。 とはいえ、今はまだあの子のことを考えている場合ではない。まずはミスカだ。 よほどのことがない限り、彼はあたしたちに協力してくれるとは思うのだが、リンやチェリッシュたちの挙動を考えるとミスカもイレギュラーな反応を示してくるかもしれない。なんだか緊張してきた。ミスカはちゃんとあたしを信用してくれるだろうか。少し怖い。たぶん露骨に媚を売ったり無理やりシナリオ通りに話を進めようとするのはマイナスになると思う
2025年3月9日


ナバト 飛鳥-1
静かな雨が降っている。リンが魔法で傘を作ってくれて、相合傘しながら森の中を進んでいた。 「便利だね。傘」 「でしょ。飛鳥は魔法使える?」 「い、一応」 「どんな?」 「えーとそのー……み、見たことある魔法を、真似できる、みたいな?」 「へえ! 器用だね」 「そう?」 「大抵みんなひとつの属性しか使えないんだ。『模倣』も確かに単一の能力なんだろうけど、相当特殊だと思うよ」 この申告は厳密には嘘だったりする。実際は、すべての魔法を使えるようにしてあるのだ。 なんでもあたしの思い通りになるこの夢世界の中では、あたし自身の設定だって好き放題にできる。アイテムやお金だって、ほとんど持っていないていで過ごしているけど、本当はやろうと思えば何もない場所からいくらでも出せる。むしろ何でもできるのはデフォルトの状態だ。ただ流石に身の丈に合わないというか、ただでさえ現実人というイレギュラーな存在なのに、そのうえ変に強い力を持っているといくらなんでも怪しすぎるし、自分を最強無敵に設定したみたいでダサいので、表向きにはこうやって過少報告というものをしているのだ。..
2025年3月9日


回想 第n-1試行
ミスカはあたしが創った登場人物の中では一番年上で、物静かで、いつもあたしや他の仲間の話を聞くばかりで自分の話は滅多にしない人だった。今までの試行(ループ)の中でももめたりぶつかり合ったことがほとんどなく、言ってしまえば一番友達として浅く、よく知らない、そんな人だった。 あたしが今進行しているシナリオをリセットし、始めからやり直すには、ある手順が必要だ。それをすることでこの夢世界のシステムは『この物語は続行不可能である』と判断する。 すべての登場人物を、行動停止させること。それが条件。動くものの何もない空間にカメラを向け続けたところで映画も漫画も成立しない。物語には役者が必要だということだ。 この『登場人物』というのはあたしが自分で創ったキャラクター、つまりリンたち味方キャラを指す。 だからあたしは悪夢から逃げ出したくなるたび、皆の手足を止める。 思考を止める。 心臓を、止める。 もちろんあたしだってそんなことはしたくなかった。たとえ実在しなくとも、それまでの長い時間を過ごした友達なのだから。それでもどうやったって喧嘩やすれ違いは発生
2024年12月1日


自分を殺そうとした君に
あたしの旅の目的は、『自分』を倒すこと。 『今まで散々試したじゃん』 『首を絞めようが、凶器を振るおうが、君は僕を殺せない』 『今更そんな何の変哲もないナイフで、僕をどうする気?』 『僕のことが、殺したいほど憎いのは知ってるよ。でもさあ、どうやって倒すの? 何を以て『僕を倒した』と定義する? この物語に、どうやってオチをつけるつもりなの?』 向かい合っているあたしの分身は、あたしを苛立たせるのが世界一巧い。 こいつの言葉を聞きたくないし顔も見たくなくて全力で遠ざけていたから、もはや暴言だろうが暴力だろうがあたしが話しかけ触れてくれるのが嬉しいらしく、こういう場面になると緩みきった顔でこちらのアクションを待つ姿勢をとってくるのがなお気持ち悪い。 あいつが『あたしにあいつは殺せない』と断言するのには理由がある。 あいつの首を絞めると、あたしも息ができなくなるのだ。 あいつの指を切ると、血は出ないがあたしの指も同じ位置が痛むのだ。 だから殺せない。殺しきれない。あいつが死ぬほどのダメージを食らったら、たぶんあたしも窒息やショックで死んでしま
2024年5月8日


うちの子短歌もどき
Blueskyに掲載したもの まとめ 不定期更新予定 ■飛鳥 ループする世界でまだ会ったばかりのはずのあたしと寝られる貴方 (→琳) 恋バナの好きな親友(あなた)が可愛くて 恋なんてしている暇はない! (→ミカ) いま倒した魔物を食えるか訊くな 今夜悪夢に出たらどうする (→グレイ) さよならを言うための旅だったのに なんでそんなすぐ会いに来るの ■琳 チョコレート色の目、髪はココア色 彼女はきっと甘い味がする (→飛鳥) 「ありがとう、一番じゃないけど好きよ」なんて言っても 許してくれる? (→見透) 本日は自己主張の少ない君が「海行きたい」と言った記念日 (→見透) ■グレイ なに食ってそんなにデカくなったのか訊いたら「エビ?」と言われた。食うか (→琳) 共依存対策で距離を取ろうとしたのに自ら会いに行くなよ (→夕葉) ■ミカ 「可愛くねえ」なんて言うから「あらイヤだ、見る目のない男」と返すのよ (→グレイ) ■蓮 雨の音で目を覚ますと君がいない 癖毛と戦っていたらしい (→鈴李) ■鈴李 可愛い子 ずっと年下に見えるでしょう? 化粧はこの
2024年4月26日


クベース 飛鳥-4
船に乗るなんて、家族で湖のボートに乗ったとき以来だと思う。 と言っても、それは本当に家族単位でしか乗れない小さいもので、こういった何十人も乗れる客船とは全くの別物なのだけど。 「この船で、向こう岸の街まで?」 リンを見る。旅にふさわしい動きやすそうな服装に、昨日貰ったアクセサリーを余すことなく身につけたその姿は、お忍びの旅を始めた高貴な身分の人、といった雰囲気だ。 「うん、そこから東へ進んで、ナバトという小さい町を経由するのがいいと思う」 次の町の名前はナバト。そこに二人目の仲間がいる。 あたしが創った夢の世界。あたしが創った旅の仲間(キャラクター)。知ってると言ったら未来予知になってしまうから話せない、あたしの目的。 それは、あいつを倒すこと。あたしだけでは倒せないあいつを、皆と一緒に。 あたしは完璧に生きてみせる。誰のことも傷つけずに、ハッピーエンドを迎えてみせる。 小さい光が目に飛び込んだ。 星の指輪が朝日を反射している。 旅の御守り。『何もないように』ではなく、『何かあっても大丈夫でありますように』。 小さな祈りは、あ
2023年3月5日


クベース 飛鳥-3
翌日。春間近の晴れ空は色が薄い。 ここの通りには服飾品や武器防具の店が並んでいるのだと聞いた。今日は丸一日かけて、あたしの旅支度を手伝ってくれるらしい。 あたしはと言うと、当然と言ってしまうと悪いのだが、とにかくこっちの世界のお金がない。諸々の資金がリンとチェリッシュのポケットマネーで賄われることになってしまい、ヒモになった気分を味わっていた。 「リン! もう一通り装備は揃ったかい?」 「旅に出るんだってね。そんじゃ、これはおまけ」 「おっと連れがいんのかい? そいつを早く言ってくれよ」 街の皆がリンをよく見知っているようで、行く先々で店員や居合わせた客に声をかけられている。 買い物中、会う人々がリンに腕輪やペンダントを手渡していた。時々ついでであたしにもくれる。何だろう? 訊く暇もなくあたしたちは市場の賑わいに潜っていった。 「リン」 ひととおりの買い出しが終わった頃、声をかけてきたのは高校生か大学生くらいの女の人だった。髪も肌も淡い色をしていて、手足は華奢。西洋のお人形みたいな人だ。 「買い出しは済んだの」 「うん、大体。今はもう寄
2023年3月5日


クベース 飛鳥-2
『異世界』に来る前のあたしはどうだったかというと、特別なことの何もない普通の中学生だった。 他の誰かほど頭はよくないし、他の誰かほど運動もできないし、話が上手なわけでも可愛いわけでもない。それでいて他の誰かほど、それらができなさすぎるというわけでもない。テストの点数はいつも平均前後で、いつもより高い点がとれたと思ったときは平均自体が高くなっているから変わらずあたしは平均点。だからといって、どうせ努力しても変わらないからと勉強を投げ出すこともできない、そういう諦めの悪さだけは人一倍。どこにでもいる、まさに平凡な、モブのあたし。こないだ中学を卒業して、来月から高校生の、何にも属していないあたし。 異世界に来たあたしは、中学のものとも高校のものとも違うセーラー服を着ていた。これであまり変な服を着せられても困るけど、こうして現実世界から離れてなお『あたしだけの』とか『特別な』みたいなものって存在しないんだと思うとつまらない感じがした。 「元気があったら下の階でお茶でもどうかな。いろいろ教えてあげるよ」 金の瞳のこの人はリンというらしい。リンが名前で
2023年3月5日


クベース 飛鳥-1
夢の始まりは夜の始まりだ。 だからあたしの物語はいつもこの夕景色から始まる。 視界にあるのは太陽が沈みきったばかりの空。藍とオレンジ色で彩られた海。あたしは港にぼんやり立っている。 潮の香り。酔ったように浮つく身体。振り返れば西洋風の街並みに街燈が灯り始めている。星のように瞬く街灯りの下にいた、これまた星のような金色の瞳をした人と目が合った。その人に駆け寄ろうとしてあたしは、 * 夢を見ていると、たまに展開が飛んで全然脈絡のない場面転換が行われることがある。 意識がぼんやりとしていて現実味がない。さっきまでこの目に映っていた星や街燈はどこにもなく、波の音は壁を挟んで遠く聴こえる。ここは屋内。あたしはベッドに寝かされていたようだ。 視線を横に移すと、ベッドのすぐそばで誰かが本を読んでいた。本を支える指が長い。さらさらストレートの髪の隙間から、虎のような金色の瞳が見える。 金色の目はあたしの視線に気が付くと、髪を耳にかけてこちらを覗き込んできた。 「目が覚めた?」 低い声だった。優しくて懐かしくなる、あたたかい声。そんな声が返事を
2023年3月5日


最後の旅のはじめの夜
夢の中でも夜は来る。 船の軋む音。波の音。まだ二人だけの客室は静かだ。 これから、長い旅になる。あと五人もの仲間を迎えて、色々な街を巡って、修学旅行みたいな毎日を過ごすんだ。 そうして旅路の果てに、憎き悪役を倒したらもう終わり。あたしは現実世界に戻って、何もなかったみたいに平凡な高校生活を送る。よくあるシナリオだ。 この世界でどんなに高価なお宝を手に入れても、どんなに映える写真を撮っても、どんなに素敵な友達ができても、何も持って帰れない。みんなただの夢なのだから。 でもそれだったらあたしはどうして旅なんかするんだろう。 自分のものになり得ない大切なもの。そんなのばかり手に入れて何になるの。 「琳」 隣のベッドで規則正しい呼吸をしていた仲間に声をかける。 「うん」 「まだ起きてる?」 「起きてるよ」 琳がぱちりと目を開けると、猫の瞳のように暗闇に二つ明かりが灯った。 いま気付いたが琳の髪はほのかに光を帯びている。暗さに目が慣れただけかと思ったが、周りの家具はよく見えないのに琳の表情はよく見えるのだった。夢の世界の住人は夜光性なのか
2023年2月18日


夢見月の恋人
「……琳」 「うん?」 「まだ起きてる?」 「起きてるよ」 「……そっち行ってもいい?」 「そっち?」 琳は寝返りをうってこちらを向き、自分の布団を持ち上げた。 「ここ?」 許されるままに琳の懐にすっぽりと収まる形になる。布団の中は琳の体温が移っていて暖かい。琳は背も高くてあたしと全然違う身体をしているけど、こうして薄着で近くにいると、胸があるんだなとわかった。 これは最後のループの、序盤の話。 のちにミスカと接して気付いたけど、あたしにとってどれだけ見知った相手でも琳にとってあたしは出逢って間もない女の子のはずで、琳はあたしがそれに気付かないくらい当たり前に自分のぬくもりを貸してくれたのだった。 夢の世界は理想の世界で、あたしは何も取り柄のないあたしが特別なあたしになれる世界を夢に望んだ。 『主人公』なあたしの学校生活は何もかもが成功していて、きらきらした友人に囲まれ、周りの誰かより何かしらで優っていて、誰もが羨むような恋人がいた。 琳のオリジナルは今の琳より背が高く、男の子らしい快活さがあって、でもクラスの男子みたいに汚い話はし
2020年10月21日


写真とケータイ
露店で売っていた菓子を口にしながら街を歩く。談笑する六人の後ろ姿。 たぶん今日の夕方くらいの写真だ。 シャワーを浴びて部屋に戻ると、そんな画像を映した小さな機械を飛鳥が眺めていた。 「それ、写真機だったの? 電話だと思ってた」 思ったことをそのまま口に出すと、どうやら驚かせてしまったらしく、彼女は飛び上がったあとゆっくりとこちらを振り返った。 誰も気付かないうちにかなりの枚数を撮られていたようで、写真フォルダには私たちの何気ないひとときを収めたものが何十枚も保存されていた。そして、ふと思う。 「これシャッターは?」 「下の丸い奴。あ、そっちホームボタン。じゃなくて画面の、うん、それ」 聞き終わって一拍。そっとケータイをとりあげる。裏をこちらに向けて右腕を伸ばす。左手で飛鳥の肩を引き寄せる。 ぱしゃりと効果音が鳴った。 引き寄せられた体勢のまま、飛鳥は目をぱちくりさせてこちらを見上げている。 「なんで?」 「ん? ああ、さっきの奴、飛鳥がいないなと思ったから」 撮ってる側だから当たり前だけど、と加える。ぽかんとしていた顔が、しばらく
2017年6月1日
bottom of page