ナバト 飛鳥-1
- 宮間 怜一
- 3月9日
- 読了時間: 4分
静かな雨が降っている。リンが魔法で傘を作ってくれて、相合傘しながら森の中を進んでいた。
「便利だね。傘」
「でしょ。飛鳥は魔法使える?」
「い、一応」
「どんな?」
「えーとそのー……み、見たことある魔法を、真似できる、みたいな?」
「へえ! 器用だね」
「そう?」
「大抵みんなひとつの属性しか使えないんだ。『模倣』も確かに単一の能力なんだろうけど、相当特殊だと思うよ」
この申告は厳密には嘘だったりする。実際は、すべての魔法を使えるようにしてあるのだ。
なんでもあたしの思い通りになるこの夢世界の中では、あたし自身の設定だって好き放題にできる。アイテムやお金だって、ほとんど持っていないていで過ごしているけど、本当はやろうと思えば何もない場所からいくらでも出せる。むしろ何でもできるのはデフォルトの状態だ。ただ流石に身の丈に合わないというか、ただでさえ現実人というイレギュラーな存在なのに、そのうえ変に強い力を持っているといくらなんでも怪しすぎるし、自分を最強無敵に設定したみたいでダサいので、表向きにはこうやって過少報告というものをしているのだ。
「あとで私の魔法、色々見せてあげるね。使えると便利だよ」
「うん」
この先の当分の目的は、主要キャラクターと合流することだ。
まだ互いを知らない他人として、それぞれ別の町にいるみんなと『出会い』を演じ、旅の仲間に加入させる。表向きは進路付近の街々を経由しながらおおむねまっすぐメルカメルシを目指していて、その道中でみんなが順に登場するようになっているのだ。
次に仲間になるミスカは大体この先のナバトという町か、その近隣にいるはずだ。今いるこの森の中で遭遇する可能性もある。
リンはもちろん知らない。知らせていない。リンにとっては未来のことだ。
「あのね、リン、次の町に着いたらなんだけど、あたし仲間が欲しくて」
「仲間?」
「ほら、長い旅だし、敵? とかも出るでしょ?」
とりあえず軽く意向を伝えて様子を見る。これでいつもなら「おっ、いいね」と二つ返事で話が進んでくれるのだが……
「要る?」
「えっ」
ほらこうなった。
「確かに街以外の場所だと魔物が出てくることはあるんだけど、道選びを気を付けたり、魔物除けのアイテムを調達しておけば遭遇はほぼゼロにできる」
「えっと」
「魔物は駆除すると報酬金が貰えるから、旅費を稼ぎたい人はわざと魔物の出やすいルートを選んでいくんだけど、お金は充分あるから私たちは今のところ大丈夫」
「そうなんだ」
「それに、飛鳥ひとりを護りながら戦えるくらいには私、強いよ」
「あの」
「……要る? 私以外に……」
「近い近い近い」
リンが喋りながら段々距離を詰めてきて顔の良さで押し切ろうとしてきたから、あたしはバタバタしながら距離を取った。どうもリンは時々わざと恋愛ゲームのキャラクターみたいな仕草や言い回しをしてくることがある。あたしのリアクションで遊ぶのが好きみたいだ。
「……。 まあ冗談として。仲間を集めるならうってつけの場所があるから、明日はそこに行ってみようか」
そうして遊ぶだけ遊んだら、どれだけ妥当性のない言い分でもあらゆる怪しさをスルーして、あたしの言うとおりにしてくれる。ずっとこんな感じだ。問い詰められると困ることを問い詰めないようにしてくれるのはリンの優しさなのだが、こうも連続すると不甲斐なくて気が沈む。いっそリンにはすべてバラしてしまおうか? いや、『全部自作の出来レースなんです』 『あなたたちはあたしをちやほやするために創られた実在しない人間なんです』なんてカミングアウトして、今後も自然体で友達続けてくれる人はいないだろう。リンは本当にそう振る舞おうとするかもしれないけど、本当に友達でいたいなら、それはあたしが阻止しなければいけないことだ。
しかし今回、やっぱり何かが今までと違うなとひしひし感じる。考える必要のあることが妙に多くて、話がすんなり進まない。シナリオや設定に関しては、むしろ今回はあえて前回からほとんど手を加えなかったはずなんだけど。
これまでの試行ではリンたち以外――すなわちあたしが創ったみんな以外に登場する人たちというものは本当にモブで、それこそゲームの村人のようにアイテムや情報を提供するだけの、ヒトの形をした舞台装置だった。チェリッシュのような、リンや他のみんながあたしと出会うまで一緒に過ごしていた相手みたいなのはこれまでにも登場していたけど、リンはともかくあたしとはあまり会話しなかったし、元カノさんに至っては今回会ったのが初めてだ。……店の人とかは今まで通りモブっぽかったけど、あの二人はちゃんとあたしに対して話しかけてくれたな。
結局あたしはいつも、リンや他のみんなの陰にいるばかりだった気がする。戦闘、交渉、そういう『ストーリーの進行』を執り行っていたのは、あたしじゃなくてリンたちだった。平凡な自分は嫌だと、主人公になりたいと望んでいたくせに、自分でそういうムーブを選んでいたのだ。本来自分でタップして遊ぶゲームを、オートモードで回すみたいにして。
今回の夢世界は、そんなあたしに向かって、課題を与えにきているのだろうか。
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