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来し方のヘアピン
「あいつ、何処行ったんだ……」 旅の仲間も増え、街での買い出しは二組に分かれて行動することが多くなった。それで今日は俺とミカの二人で南東エリアの店を回ることになっていた。 周辺で最も栄えているこの街は、旅人も街に住む人間も数が多い。特にこの辺りの様々な店が立ち並ぶ通りは人の少ない時間がない。賑わう雑踏の中、あいつは自分が他の人間より背が低いことも忘れて人の波に入り込み、そのまま姿を消してしまったのだった。 買うものや立ち寄る店の名前はリストにしてあるが、これはほとんどが共用の消耗品に関するものだ。いなくなる直前に『春用の上着が欲しい』と言っていたあいつが、リストにない服屋なんかに入り込んでいたりすると流石に捜しようがない。道中でリストにある店を確認しつつ、飛鳥たちとの合流場所のある方角へ向かっていくしかないだろうか。 「ねぇ、そこのおにいさん」 ふいに後ろから少女の声がする。知らない相手に話しかけるような口ぶりにかすかに疑問を感じながらも声の方へと振り返る。 「アタシみたいなヒト、見てない?」 言葉通り、声の主が指差しているのは、自分だ
1月26日


お前の旅の目的は(4)
「へぇ、そういう区別なんだ」 「……お前は、どういう定義だと思っていた?」 「うーん、プロかアマか、かな? それをメインで仕事にしている人が傭われ」 「じゃあ旅人の本業は?」 「旅だろう」 「そういうことだ。傭兵(おれたち)は依頼人の旅路に付き添い、時に道を教え、時に障碍を取り除く。『旅の目的』があるのは依頼をしてきた旅人で、俺たち自身に行き先や目的はない」 「じゃあその前は? 傭われになる前、貴方は何だった?」 「……家を離れてから俺は、こっちの定義(いみ)ではずっと傭兵だった。それより前は、ただの子供だ」 「どうして家を離れたの」 「……くだらない理由だよ」 「ふーん」 「お前の旅の目的は?」 「私も莫迦みたいな理由だよ。一緒だね」 「……」 「表向きの話をするなら、当面は飛鳥の旅のサポートが私の行動の軸になるかな」 「飛鳥とは長いのか?」 「まだそんなに。でも、境遇が近いんだ」 「境遇?」 「『異世界』って知ってる?」 「いや」 「船でも飛空便でも辿りつけない、遠い土地だ。あの子はそこからひとり迷い込んだ」 「……」 「私も大体似たようなも
2025年6月3日


お前の旅の目的は(3)
「『俺の旅』じゃなくて、『芽留の旅』なんですよね」 「芽留の?」 「ええ。俺と芽留はいとこ同士なんですけど、芽留の両親がちょっと気難しい人たちで。外で遊ばせない、旅行やお出かけもしない、勉強や習い事は家庭教師、みたいな」 「それは……」 「厳しいっていうよりは、過保護なんですよ。芽留って、お世辞にも丈夫な方ではないし。怪我したり、誰かに嫌な目に遭わされたり、なんていうのがあったらコトじゃないですか。一人娘だからなおのことです。 逆に俺なんて超奔放に育ったクソガキでしたからね! 庭の木に登って・芽留が真似しようとして・怒られ、虫を大量に捕まえて持っていき・叔母さんを卒倒させ・怒られ……」 「……嫌がらせ?」 「いや、蝶とかトンボだったんですよ! きれいな奴! 実際、芽留本人は虫好きだったんで喜んでました」 「まぁ男児のプレゼントはそんなもんか……なんの話してたんだっけ」 「あっそうだ、芽留の話ですよ。虫もそうですけど野の花とか、旅行の写真とか、『外』のものを持っていくと芽留は喜びました。自分ではなかなか体験できないから。 それで、あるとき言い出
2025年6月3日


お前の旅の目的は(2)
「アタシ? アタシはねぇ、いくつかあるけど、やっぱり一番の要因は飛鳥かしら」 「そうか」 「今までも、友達や親しい人がいなかったわけではないんだけどね。こんなに気の合う人って、なんだか久々で」 「……ずっと前から、友人だったみたいな感覚?」 「そうそう! ミッスも心当たりある?」 「なんとなく」 「不思議な子よね。距離感がちょうどいいのかしら。そんなだったから、飛鳥が旅立つって聞いたとき、なんだかとても名残惜しくって。もっと一緒にいたい、この子と言葉を交わしてみたいって思って、ついてきちゃったの。押しかけたみたいになっちゃったかしらね」 「いや、押しかけたって言うならどっちかというと」 「……グレイ?」 「グレイ」 「そんなことだと思ったわ」 「まあ、飛鳥やリンはお前を歓迎している。加入は何も問題ない」 「アナタは?」 「俺は、よほどのことがない限り口出ししない」 「あ、もしかしてアナタ、傭われなの? 護衛役?」 「それと案内役」 「そうだったのね。リンは? てっきり旅慣れしてると思ってたわ」 「陸路の旅には疎いらしい」 「そういうことね。あっ、
2025年6月3日


お前の旅の目的は(1)
「お前、なんでついてきたんだ」 「なんでって、そりゃ金のためよ」 「……怪物駆除か」 「おう。──オレはバカだし、ナリもガキっぽいから、町の大人にゃナメられててよ。町じゃあ働いても、ろくに稼ぎを貰えねェ。そんなオレに、バカでもガキでも金を稼げる、実力主義の世界を教えてくれたのはお前だろ」 「……それで?」 「バカでも、っつったって、ド素人がひとりでやるには取っかかりがねェのよ。戦い方に、クエストの貰い方、道具は何が要るのかとか」 「あー、案内所はわかるか? 青い看板の。あそこに行けば初心者向けの案件を紹介してもらえるぞ」 「わかるわかる。でも初心者向けっつーことは、報酬も大したことねーんだろ?」 「まぁ、緊急性が低くて、技術のない人間がひとりで請けられるような案件となるとな。それだったら、頭数の要る案件を中級者に交じってこなしていく方が、得られるものは多いだろう」 「だろ? ほら合ってんじゃねーか」 「……『お前が言い出したんだから、お前が面倒見ろ』と?」 「『目で見て盗むくらいはさせろ』と」 「……長期的なこと考えるなら、他の奴探した方がいいぞ
2025年6月3日


ナバト 飛鳥-2
暗くなるにつれ、森は姿を変えてゆく。普通の木々に混ざって生えていた妙な形状の細い木は、景色と反比例するように少しずつ柔らかな光を灯しはじめた。 「……これって街灯? それとも木?」 「たぶんそういう種類の木なんじゃないか? 確かそのまんま街燈樹(がいとうじゅ)って名前だったはず。加工してランプや武器にしたものを見た覚えがあるよ」 「魔法の杖とか?」 「そうそう」 なるほど、そういう視点で見ると、この変な木も案外面白いデザインかもしれない。この先で出会う仲間のひとりに、魔法使いの娘がいる。せっかくなら、あの子には可愛い武器を持たせてあげたいものだ。 とはいえ、今はまだあの子のことを考えている場合ではない。まずはミスカだ。 よほどのことがない限り、彼はあたしたちに協力してくれるとは思うのだが、リンやチェリッシュたちの挙動を考えるとミスカもイレギュラーな反応を示してくるかもしれない。なんだか緊張してきた。ミスカはちゃんとあたしを信用してくれるだろうか。少し怖い。たぶん露骨に媚を売ったり無理やりシナリオ通りに話を進めようとするのはマイナスになると思う
2025年3月9日


回想 第n-1試行
ミスカはあたしが創った登場人物の中では一番年上で、物静かで、いつもあたしや他の仲間の話を聞くばかりで自分の話は滅多にしない人だった。今までの試行(ループ)の中でももめたりぶつかり合ったことがほとんどなく、言ってしまえば一番友達として浅く、よく知らない、そんな人だった。 あたしが今進行しているシナリオをリセットし、始めからやり直すには、ある手順が必要だ。それをすることでこの夢世界のシステムは『この物語は続行不可能である』と判断する。 すべての登場人物を、行動停止させること。それが条件。動くものの何もない空間にカメラを向け続けたところで映画も漫画も成立しない。物語には役者が必要だということだ。 この『登場人物』というのはあたしが自分で創ったキャラクター、つまりリンたち味方キャラを指す。 だからあたしは悪夢から逃げ出したくなるたび、皆の手足を止める。 思考を止める。 心臓を、止める。 もちろんあたしだってそんなことはしたくなかった。たとえ実在しなくとも、それまでの長い時間を過ごした友達なのだから。それでもどうやったって喧嘩やすれ違いは発生
2024年12月1日


自分を殺そうとした君に
あたしの旅の目的は、『自分』を倒すこと。 『今まで散々試したじゃん』 『首を絞めようが、凶器を振るおうが、君は僕を殺せない』 『今更そんな何の変哲もないナイフで、僕をどうする気?』 『僕のことが、殺したいほど憎いのは知ってるよ。でもさあ、どうやって倒すの? 何を以て『僕を倒した』と定義する? この物語に、どうやってオチをつけるつもりなの?』 向かい合っているあたしの分身は、あたしを苛立たせるのが世界一巧い。 こいつの言葉を聞きたくないし顔も見たくなくて全力で遠ざけていたから、もはや暴言だろうが暴力だろうがあたしが話しかけ触れてくれるのが嬉しいらしく、こういう場面になると緩みきった顔でこちらのアクションを待つ姿勢をとってくるのがなお気持ち悪い。 あいつが『あたしにあいつは殺せない』と断言するのには理由がある。 あいつの首を絞めると、あたしも息ができなくなるのだ。 あいつの指を切ると、血は出ないがあたしの指も同じ位置が痛むのだ。 だから殺せない。殺しきれない。あいつが死ぬほどのダメージを食らったら、たぶんあたしも窒息やショックで死んでしま
2024年5月8日


無欲な男は寂しがり
「おや、ナイフだ」 武器の手入れをしていると新しい雇い主が覗いてきた。 「というよりは短剣かな?」 「元は双剣でな、子供の頃に買ってもらって、もう一本は年子の兄が持っている」 「へえ、いいね。でも普段使うのは槍だろう? 使い分けるの?」 「いや、こいつはもう殆ど使っていない。処分する気もないがな」 「そうなんだ」 「──傭われを始めて間もない頃に、お前にナイフは合わんと言われた」 「誰に?」 「同じ傭われに。駆け出しのころ、暫く世話になった」 「なんて言われたの」 「斬れすぎるんだとよ。まあわからんでもない。同じ理由で魔法もあまり使わないようにしている。手に馴染むのはこっちなんだがな」 「昔から持ってるものって、落ち着くよね」 手を止めて振り向くと、女は俺の斜め後ろに座り込んでこちらを見ていた。習慣で使っていない武器を磨いていたのがどうも物珍しかったらしい。 「その人、今は?」 「さあ」 「さあ?」 「どこで何してるか、生きてるか。なんなら年も名前も知らん」 「訊かなかったの」 「別に変でもないだろう。同業者も雇い主も、旅が終わればそこまでだ
2023年2月23日


楓谷眞透という男
遠い昔、自分も弟もまだほんの子供だった頃、弟はよく悪い夢を見た。 涙目で朝を迎えては、年の離れた末の弟に泣きべそを見られないように、 がむしゃらに目を擦っていた。 友達を殺す夢なのだと弟は言う。 毎度同じ夢を見て、毎度同じ誰かを同じ人数同じ手順で殺し、 自分だけになって、そこで初めて、 それまで息を止めるように堰き止めていた感情が溢れて自分に流れ込んでくるのだと。 心優しい弟のために、僕はその悪夢を自分が譲り受けるためのまじないを教えた。 正直な話、まじないはでたらめだったのだが、 何の因果か弟は悪夢をめっきり見なくなり、本当に自分がそれを見るようになった。 その映像を毎日毎日再生しても、ついぞ自分は泣かなかった。 ただ、毎日毎日再生して、そのうちに映像の全てを、 人間の殺し方や殺した友人の顔を覚えてしまった。 久しく会っていなかった弟の連れを見て、僕は呆気にとられた。 夢で毎夜殺し続けた顔がそこにあったのだ。 特に彼女。そう、あまりに端正で男性とも女性ともとれる彼女。 彼女が女性だと自分は既に知っていた。 左利きだと気付いて堪らなくなった。右手
2021年3月3日
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