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彼とリラ
失礼だけど、最初彼が屋敷に来た頃、彼が少し怖かった。 女の子のようなきれいな顔立ちをしていたけれど、眼帯をしていて、顔も手も皮膚がボロボロ、それを隠すように暑い季節も全身着込んでいた。 世界には魔法障害というものがあるらしい。 魔力というものは目に見えない小さな粒として空気や動植物のからだの中を巡っていて、私たちの呼びかけで何にでも姿を変える力を持っている。水の魔法を使えば魔力の粒は結び合って疑似的な水となり、炎の魔法を使えば魔力は火薬や導火線になって発火する。姿を変えた魔力は時間が経つと分解されて、また元の何にでもなれる粒に戻る──とされている。 「彼の魔法はその『時間が経つと分解される』のプロセスに何か問題があるらしくてね」 教えてくれたのは屋敷の主だった。 「鉱石の魔法でね、鎧みたいに身体を覆って戦うのが彼のスタイルだったんだけど、それをやると皮膚から結晶が生えてるみたいになっちゃうんだ。割ったり削ったりしてオフするんだけど、除去時に表皮ごと持ってかれちゃうこともあるし、例えば手や指に細かい結晶が残った状態で顔とか触っちゃうとエッジで
2023年2月22日


最後の旅のはじめの夜
夢の中でも夜は来る。 船の軋む音。波の音。まだ二人だけの客室は静かだ。 これから、長い旅になる。あと五人もの仲間を迎えて、色々な街を巡って、修学旅行みたいな毎日を過ごすんだ。 そうして旅路の果てに、憎き悪役を倒したらもう終わり。あたしは現実世界に戻って、何もなかったみたいに平凡な高校生活を送る。よくあるシナリオだ。 この世界でどんなに高価なお宝を手に入れても、どんなに映える写真を撮っても、どんなに素敵な友達ができても、何も持って帰れない。みんなただの夢なのだから。 でもそれだったらあたしはどうして旅なんかするんだろう。 自分のものになり得ない大切なもの。そんなのばかり手に入れて何になるの。 「琳」 隣のベッドで規則正しい呼吸をしていた仲間に声をかける。 「うん」 「まだ起きてる?」 「起きてるよ」 琳がぱちりと目を開けると、猫の瞳のように暗闇に二つ明かりが灯った。 いま気付いたが琳の髪はほのかに光を帯びている。暗さに目が慣れただけかと思ったが、周りの家具はよく見えないのに琳の表情はよく見えるのだった。夢の世界の住人は夜光性なのか
2023年2月18日


楓谷眞透という男
遠い昔、自分も弟もまだほんの子供だった頃、弟はよく悪い夢を見た。 涙目で朝を迎えては、年の離れた末の弟に泣きべそを見られないように、 がむしゃらに目を擦っていた。 友達を殺す夢なのだと弟は言う。 毎度同じ夢を見て、毎度同じ誰かを同じ人数同じ手順で殺し、 自分だけになって、そこで初めて、 それまで息を止めるように堰き止めていた感情が溢れて自分に流れ込んでくるのだと。 心優しい弟のために、僕はその悪夢を自分が譲り受けるためのまじないを教えた。 正直な話、まじないはでたらめだったのだが、 何の因果か弟は悪夢をめっきり見なくなり、本当に自分がそれを見るようになった。 その映像を毎日毎日再生しても、ついぞ自分は泣かなかった。 ただ、毎日毎日再生して、そのうちに映像の全てを、 人間の殺し方や殺した友人の顔を覚えてしまった。 久しく会っていなかった弟の連れを見て、僕は呆気にとられた。 夢で毎夜殺し続けた顔がそこにあったのだ。 特に彼女。そう、あまりに端正で男性とも女性ともとれる彼女。 彼女が女性だと自分は既に知っていた。 左利きだと気付いて堪らなくなった。右手
2021年3月3日


夢見月の恋人
「……琳」 「うん?」 「まだ起きてる?」 「起きてるよ」 「……そっち行ってもいい?」 「そっち?」 琳は寝返りをうってこちらを向き、自分の布団を持ち上げた。 「ここ?」 許されるままに琳の懐にすっぽりと収まる形になる。布団の中は琳の体温が移っていて暖かい。琳は背も高くてあたしと全然違う身体をしているけど、こうして薄着で近くにいると、胸があるんだなとわかった。 これは最後のループの、序盤の話。 のちにミスカと接して気付いたけど、あたしにとってどれだけ見知った相手でも琳にとってあたしは出逢って間もない女の子のはずで、琳はあたしがそれに気付かないくらい当たり前に自分のぬくもりを貸してくれたのだった。 夢の世界は理想の世界で、あたしは何も取り柄のないあたしが特別なあたしになれる世界を夢に望んだ。 『主人公』なあたしの学校生活は何もかもが成功していて、きらきらした友人に囲まれ、周りの誰かより何かしらで優っていて、誰もが羨むような恋人がいた。 琳のオリジナルは今の琳より背が高く、男の子らしい快活さがあって、でもクラスの男子みたいに汚い話はし
2020年10月21日


オーダーメイド
「髪は長いのと短いのどっちが好き?」 自分一人しかいないはずのリビングで、少女の声がした。 「どっちかといえばショートかな」 「じゃあ長くするね」 声の発生源は僕の背後、少し上の方。たぶんソファの背もたれに腰かけているのだろう。 僕が黙っていると、声は話を続けた。 「服はどっちが可愛い?」 視界の端から腕が二本生えてきて、二着のワンピースを提示する。 色白で、華奢。十代前半程度の小さな手。現状読み取れるのはそのくらいだろうか。 「白の方が似合いそう」 「黒ね」 「……」 「メイクはどういうのがお好み?」 「きっと薄付きなくらいで十分だろうね」 「そしたら苺みたいなリップにしてあげる」 「……ところで何のアンケート?」 ここまで回答したところで首をぐりっと上向きに回転させると、実体が存在していた。 兎のような紅い眸は口紅と色がマッチしている。覗き込まれると髪が降りてきて、すっかり顔の周りを取り囲まれてしまった。 「アタシ、素直じゃないの」 背もたれからくるりと身を翻し、僕の両脚に跨って、彼女は真正面から僕を見る。細い毛先は床の上で蛇
2018年8月22日
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