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クベース 飛鳥-3
翌日。春間近の晴れ空は色が薄い。 ここの通りには服飾品や武器防具の店が並んでいるのだと聞いた。今日は丸一日かけて、あたしの旅支度を手伝ってくれるらしい。 あたしはと言うと、当然と言ってしまうと悪いのだが、とにかくこっちの世界のお金がない。諸々の資金がリンとチェリッシュのポケットマネーで賄われることになってしまい、ヒモになった気分を味わっていた。 「リン! もう一通り装備は揃ったかい?」 「旅に出るんだってね。そんじゃ、これはおまけ」 「おっと連れがいんのかい? そいつを早く言ってくれよ」 街の皆がリンをよく見知っているようで、行く先々で店員や居合わせた客に声をかけられている。 買い物中、会う人々がリンに腕輪やペンダントを手渡していた。時々ついでであたしにもくれる。何だろう? 訊く暇もなくあたしたちは市場の賑わいに潜っていった。 「リン」 ひととおりの買い出しが終わった頃、声をかけてきたのは高校生か大学生くらいの女の人だった。髪も肌も淡い色をしていて、手足は華奢。西洋のお人形みたいな人だ。 「買い出しは済んだの」 「うん、大体。今はもう寄
2023年3月5日


クベース 飛鳥-2
『異世界』に来る前のあたしはどうだったかというと、特別なことの何もない普通の中学生だった。 他の誰かほど頭はよくないし、他の誰かほど運動もできないし、話が上手なわけでも可愛いわけでもない。それでいて他の誰かほど、それらができなさすぎるというわけでもない。テストの点数はいつも平均前後で、いつもより高い点がとれたと思ったときは平均自体が高くなっているから変わらずあたしは平均点。だからといって、どうせ努力しても変わらないからと勉強を投げ出すこともできない、そういう諦めの悪さだけは人一倍。どこにでもいる、まさに平凡な、モブのあたし。こないだ中学を卒業して、来月から高校生の、何にも属していないあたし。 異世界に来たあたしは、中学のものとも高校のものとも違うセーラー服を着ていた。これであまり変な服を着せられても困るけど、こうして現実世界から離れてなお『あたしだけの』とか『特別な』みたいなものって存在しないんだと思うとつまらない感じがした。 「元気があったら下の階でお茶でもどうかな。いろいろ教えてあげるよ」 金の瞳のこの人はリンというらしい。リンが名前で
2023年3月5日


クベース 有羽-1
時を同じくして俺は、妙な男の手によって俗に言う『異世界』なる場所に拉致されていた。 誓って言うが、俺はトラックに轢かれるような場所にはいなかった。昨今のラノベあるあるの異世界転生をするようなフラグは何一つ立てていない。俺は先日晴れて市立夢見ヶ丘中学校を卒業し、高校に入学するまでの長く短い春休みを全力で謳歌すべくポテチを食いながら漫画を読んでいるところだったのだ。 「実は夢の中なんだよね」 それを崩したのはこの男。 外見の描写を試みるが、これといってアニメ映えするほどの派手な見た目はしていない。髪と瞳が明るいからかろうじて純正の日本人でないように見えはするが、ファンタジーものとしてはあまりに服装が地味すぎる。なんなら大学生くらいだったらこのくらいの髪色にしている人間も普通にいる気がしてきた。 まあこいつの国籍はともかくとして、問題はこいつの登場シーンだ。 ちょっと混乱していていまいちちゃんと憶えていないのだが、こいつはそこそこ高い階にあるはずの俺の家にぬるっと不法侵入しつつ声をかけてきて、俺のクローゼットを勝手に異世界の連絡通路につくりか
2023年3月5日


クベース 飛鳥-1
夢の始まりは夜の始まりだ。 だからあたしの物語はいつもこの夕景色から始まる。 視界にあるのは太陽が沈みきったばかりの空。藍とオレンジ色で彩られた海。あたしは港にぼんやり立っている。 潮の香り。酔ったように浮つく身体。振り返れば西洋風の街並みに街燈が灯り始めている。星のように瞬く街灯りの下にいた、これまた星のような金色の瞳をした人と目が合った。その人に駆け寄ろうとしてあたしは、 * 夢を見ていると、たまに展開が飛んで全然脈絡のない場面転換が行われることがある。 意識がぼんやりとしていて現実味がない。さっきまでこの目に映っていた星や街燈はどこにもなく、波の音は壁を挟んで遠く聴こえる。ここは屋内。あたしはベッドに寝かされていたようだ。 視線を横に移すと、ベッドのすぐそばで誰かが本を読んでいた。本を支える指が長い。さらさらストレートの髪の隙間から、虎のような金色の瞳が見える。 金色の目はあたしの視線に気が付くと、髪を耳にかけてこちらを覗き込んできた。 「目が覚めた?」 低い声だった。優しくて懐かしくなる、あたたかい声。そんな声が返事を
2023年3月5日


無欲な男は寂しがり
「おや、ナイフだ」 武器の手入れをしていると新しい雇い主が覗いてきた。 「というよりは短剣かな?」 「元は双剣でな、子供の頃に買ってもらって、もう一本は年子の兄が持っている」 「へえ、いいね。でも普段使うのは槍だろう? 使い分けるの?」 「いや、こいつはもう殆ど使っていない。処分する気もないがな」 「そうなんだ」 「──傭われを始めて間もない頃に、お前にナイフは合わんと言われた」 「誰に?」 「同じ傭われに。駆け出しのころ、暫く世話になった」 「なんて言われたの」 「斬れすぎるんだとよ。まあわからんでもない。同じ理由で魔法もあまり使わないようにしている。手に馴染むのはこっちなんだがな」 「昔から持ってるものって、落ち着くよね」 手を止めて振り向くと、女は俺の斜め後ろに座り込んでこちらを見ていた。習慣で使っていない武器を磨いていたのがどうも物珍しかったらしい。 「その人、今は?」 「さあ」 「さあ?」 「どこで何してるか、生きてるか。なんなら年も名前も知らん」 「訊かなかったの」 「別に変でもないだろう。同業者も雇い主も、旅が終わればそこまでだ
2023年2月23日
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