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最後の旅のはじめの夜
夢の中でも夜は来る。 船の軋む音。波の音。まだ二人だけの客室は静かだ。 これから、長い旅になる。あと五人もの仲間を迎えて、色々な街を巡って、修学旅行みたいな毎日を過ごすんだ。 そうして旅路の果てに、憎き悪役を倒したらもう終わり。あたしは現実世界に戻って、何もなかったみたいに平凡な高校生活を送る。よくあるシナリオだ。 この世界でどんなに高価なお宝を手に入れても、どんなに映える写真を撮っても、どんなに素敵な友達ができても、何も持って帰れない。みんなただの夢なのだから。 でもそれだったらあたしはどうして旅なんかするんだろう。 自分のものになり得ない大切なもの。そんなのばかり手に入れて何になるの。 「琳」 隣のベッドで規則正しい呼吸をしていた仲間に声をかける。 「うん」 「まだ起きてる?」 「起きてるよ」 琳がぱちりと目を開けると、猫の瞳のように暗闇に二つ明かりが灯った。 いま気付いたが琳の髪はほのかに光を帯びている。暗さに目が慣れただけかと思ったが、周りの家具はよく見えないのに琳の表情はよく見えるのだった。夢の世界の住人は夜光性なのか
2023年2月18日


楓谷眞透という男
遠い昔、自分も弟もまだほんの子供だった頃、弟はよく悪い夢を見た。 涙目で朝を迎えては、年の離れた末の弟に泣きべそを見られないように、 がむしゃらに目を擦っていた。 友達を殺す夢なのだと弟は言う。 毎度同じ夢を見て、毎度同じ誰かを同じ人数同じ手順で殺し、 自分だけになって、そこで初めて、 それまで息を止めるように堰き止めていた感情が溢れて自分に流れ込んでくるのだと。 心優しい弟のために、僕はその悪夢を自分が譲り受けるためのまじないを教えた。 正直な話、まじないはでたらめだったのだが、 何の因果か弟は悪夢をめっきり見なくなり、本当に自分がそれを見るようになった。 その映像を毎日毎日再生しても、ついぞ自分は泣かなかった。 ただ、毎日毎日再生して、そのうちに映像の全てを、 人間の殺し方や殺した友人の顔を覚えてしまった。 久しく会っていなかった弟の連れを見て、僕は呆気にとられた。 夢で毎夜殺し続けた顔がそこにあったのだ。 特に彼女。そう、あまりに端正で男性とも女性ともとれる彼女。 彼女が女性だと自分は既に知っていた。 左利きだと気付いて堪らなくなった。右手
2021年3月3日


夢見月の恋人
「……琳」 「うん?」 「まだ起きてる?」 「起きてるよ」 「……そっち行ってもいい?」 「そっち?」 琳は寝返りをうってこちらを向き、自分の布団を持ち上げた。 「ここ?」 許されるままに琳の懐にすっぽりと収まる形になる。布団の中は琳の体温が移っていて暖かい。琳は背も高くてあたしと全然違う身体をしているけど、こうして薄着で近くにいると、胸があるんだなとわかった。 これは最後のループの、序盤の話。 のちにミスカと接して気付いたけど、あたしにとってどれだけ見知った相手でも琳にとってあたしは出逢って間もない女の子のはずで、琳はあたしがそれに気付かないくらい当たり前に自分のぬくもりを貸してくれたのだった。 夢の世界は理想の世界で、あたしは何も取り柄のないあたしが特別なあたしになれる世界を夢に望んだ。 『主人公』なあたしの学校生活は何もかもが成功していて、きらきらした友人に囲まれ、周りの誰かより何かしらで優っていて、誰もが羨むような恋人がいた。 琳のオリジナルは今の琳より背が高く、男の子らしい快活さがあって、でもクラスの男子みたいに汚い話はし
2020年10月21日


オーダーメイド
「髪は長いのと短いのどっちが好き?」 自分一人しかいないはずのリビングで、少女の声がした。 「どっちかといえばショートかな」 「じゃあ長くするね」 声の発生源は僕の背後、少し上の方。たぶんソファの背もたれに腰かけているのだろう。 僕が黙っていると、声は話を続けた。 「服はどっちが可愛い?」 視界の端から腕が二本生えてきて、二着のワンピースを提示する。 色白で、華奢。十代前半程度の小さな手。現状読み取れるのはそのくらいだろうか。 「白の方が似合いそう」 「黒ね」 「……」 「メイクはどういうのがお好み?」 「きっと薄付きなくらいで十分だろうね」 「そしたら苺みたいなリップにしてあげる」 「……ところで何のアンケート?」 ここまで回答したところで首をぐりっと上向きに回転させると、実体が存在していた。 兎のような紅い眸は口紅と色がマッチしている。覗き込まれると髪が降りてきて、すっかり顔の周りを取り囲まれてしまった。 「アタシ、素直じゃないの」 背もたれからくるりと身を翻し、僕の両脚に跨って、彼女は真正面から僕を見る。細い毛先は床の上で蛇
2018年8月22日


写真とケータイ
露店で売っていた菓子を口にしながら街を歩く。談笑する六人の後ろ姿。 たぶん今日の夕方くらいの写真だ。 シャワーを浴びて部屋に戻ると、そんな画像を映した小さな機械を飛鳥が眺めていた。 「それ、写真機だったの? 電話だと思ってた」 思ったことをそのまま口に出すと、どうやら驚かせてしまったらしく、彼女は飛び上がったあとゆっくりとこちらを振り返った。 誰も気付かないうちにかなりの枚数を撮られていたようで、写真フォルダには私たちの何気ないひとときを収めたものが何十枚も保存されていた。そして、ふと思う。 「これシャッターは?」 「下の丸い奴。あ、そっちホームボタン。じゃなくて画面の、うん、それ」 聞き終わって一拍。そっとケータイをとりあげる。裏をこちらに向けて右腕を伸ばす。左手で飛鳥の肩を引き寄せる。 ぱしゃりと効果音が鳴った。 引き寄せられた体勢のまま、飛鳥は目をぱちくりさせてこちらを見上げている。 「なんで?」 「ん? ああ、さっきの奴、飛鳥がいないなと思ったから」 撮ってる側だから当たり前だけど、と加える。ぽかんとしていた顔が、しばらく
2017年6月1日
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