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ナバト 有羽-1
前回あれからどうなったかを、読者諸賢にはご説明しよう。 シュロ・マリアンというこの変な男は、この物語における倒すべき黒幕・ラスボスとしての役目を全うすることを望んでいるらしい。ところがその意気込みとは裏腹に、この寝呆け野郎には服装から何から、およそヴィランらしい要素がどこにも見当たらない有り様だった。それをうっかりバカ正直に指摘してしまった俺は、どうもこいつにキャラデザイン分野において自分より上手の存在だとみなされたらしく、キャラクリ用の不思議装置を手渡され、『悪役』のディレクションを一任されたのだ。 このキャラクリ装置が予想外に扱いやすかったのが悪い。 俺の想定としては、ドンキのハロウィン衣装なみに安っぽい適当な魔王をでっちあげてお茶を濁し、とっとと別の話題に移るつもりだった。そのはずだったのだが、この装置にざざっと描いた服や装飾が、まさしく脳から直接出力したかのようにいい感じに具現化され、あいつというマネキンに被さるのが面白すぎて、興が乗ってしまったのだ。 まず角を生やした。よくある山羊だか羊だかわからないああいう角だ。謎の宝玉のつい
7月1日


ナバト 有羽-2
「……一応訊くけど、あのおねえさんってさぁ」 「前に話した『部下』のひとりだよ」 「弟ないし息子が家にカノジョ連れてくんのを楽しみにしてるようなノリだったけどラスボスの威厳大丈夫そ?」 「足りてないんだよねえ、威厳」 「深刻ですなあ」 そう、部下だの悪の幹部だのというからには、もうちょっと戦闘のできそうな感じを想像していたのだ。それがあんなにも朗らかで、そのうえ横からあんなこと言われたりなんてしたら。 「先に話しておきたいことがあったのを忘れていてね」 「なに、あのおねえさんになにか秘密が?」 釣られるだろうそれは。一応こいつもじきに引きこもりモードを解除する予定だというのがわかったので、脱出はいったん急がないものとする。 「どちらかというと君に秘密にしてほしいんだ。僕たちが話しているような、世界の成り立ちみたいな話はね」 「へ? なんでまた」 「そうだなあ、まずは彼女たち、『夢世界の住民』とは何者か、という話からしようか」 言われてみればその辺の説明は受けていなかったか。どうもこの世界は単なる別世界ではなく『天峰のための世界』なのだという
7月1日


来し方のヘアピン
「あいつ、何処行ったんだ……」 旅の仲間も増え、街での買い出しは二組に分かれて行動することが多くなった。それで今日は俺とミカの二人で南東エリアの店を回ることになっていた。 周辺で最も栄えているこの街は、旅人も街に住む人間も数が多い。特にこの辺りの様々な店が立ち並ぶ通りは人の少ない時間がない。賑わう雑踏の中、あいつは自分が他の人間より背が低いことも忘れて人の波に入り込み、そのまま姿を消してしまったのだった。 買うものや立ち寄る店の名前はリストにしてあるが、これはほとんどが共用の消耗品に関するものだ。いなくなる直前に『春用の上着が欲しい』と言っていたあいつが、リストにない服屋なんかに入り込んでいたりすると流石に捜しようがない。道中でリストにある店を確認しつつ、飛鳥たちとの合流場所のある方角へ向かっていくしかないだろうか。 「ねぇ、そこのおにいさん」 ふいに後ろから少女の声がする。知らない相手に話しかけるような口ぶりにかすかに疑問を感じながらも声の方へと振り返る。 「アタシみたいなヒト、見てない?」 言葉通り、声の主が指差しているのは、自分だ
1月26日


海淵の仔
海のど真ん中で、子供を拾った。 東の港から戻る船旅の途中、オルカンシアの群れに遭遇した。群れというより、何かに群がっていると形容するべきか。──その中心に、人間の子供が浮いていた。 オルカンシアたち海獣の類いは、自分の子供の呼吸を助けるため、水面へと押し上げる習性がある。稀に同じ要領で他の生物をも助けることがあるとは聞いていたが、実際に目にしたのは船に乗るようになって十数年、初めてのことだった。 少女は多少体温の低下がみられたが、命に別状はないそうだった。 ただ、目を覚ますのには時間がかかった。海から少女を引きあげた際、少女はオルカンシアによく似た形状の、大きな真っ黒い浮きにしがみついていた。少女は海の只中、魔法でこの浮きを造り出し、それによって魔力切れを起こしてしまったのではないか、というのが船医の見解だった。 オルカンシアは俺たち船乗りにとって身近な生き物にして、俺たちの航海を見守る神の使いだとも言われている。他に船も何も見当たらない中、オルカンシアに囲まれて独りこんな沖に浮かんでいたこの子供を、うちの船員どもは神の子かはたまた妖物
1月7日


はじめのはなし
少女は『平凡』という言葉が嫌いだった。 教室にいる他の人間と自分を比べ、誰かほど突出して優れた点もなければ突出して劣った点もない自らのことを『無個性』であると感じていた。『普通』や『平凡』という言葉を嫌悪し、それらの言葉がふさわしい自分自身のことも、少女は忌み嫌っていた。 家庭環境や友人関係に大きな不満はなく、人並みに苦労し、人並みに幸福な日々を送っていた。それでも時折、小さな波が押し寄せるような不安を感じることがあった。 それは教室で談笑している最中ふと自分だけがグループから離れた位置にいるような感覚であったり、みんなで家路を辿る途中でこっそり姿を消しても誰も気付かないのではないかといった憂いであった。そういった、自分が何かに埋もれて見えなくなってしまうような不安を、少女は誰にも悟られぬように背中に隠していた。 毎日のルーティンを終え、あたたかな布団にくるまるとき、少女は薄っすらと憂鬱な、『朝が来てほしくないような気持ち』を抱いていた。 『これは夢だ』と、自覚のある状態で見る夢を明晰夢という。 夢の中、少女は夕陽に染まる教室にいた。
2025年7月9日
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