「天峰ってあの天峰? 元同じクラスでギャルでもオタクでもなく特筆することの特にないどこにでもいるようなあの天峰?」
「うん、その天峰飛鳥ちゃん」
天峰飛鳥という人間に対する印象は、いま語った通りだ。普通オブ普通。夢の中だなんだと言っていたが、こんなファンタジー超常現象を引き起こせるような人間には到底思えない。
「それは……何? この謎空間でお早い同窓会でも開くわけ?」
「いや? 呼んだのは君ひとり」
「何故に」
「仲良いでしょ?」
「いや全然。グループワークでもない限り全く喋らん」
「あれ? 思い違いだったかな。まぁいいや」
まぁいいやとはなんだまぁいいやとは。こちとら異世界トリップしとんのだぞ。
つまるところ俺は天峰と親しい相手だと勘違いされてここに連れてこられたのか? 何を以てそう思ったんだ、つーか天峰の何なんだこいつは。何で勝手にカップリングにされてるわけ? 俺と天峰の接点って何? なんか一回ぐらい隣の席になったような覚えはあるしその時くらいは多少会話したような気もしないでもないけど。いやそもそもこの男の思考回路に理屈というものが存在するのか怪しい。
「……考えても無駄な奴な気がしてきた」
「何が?」
「何でも。で? 夢にしちゃ会話はまぁちゃんとしてるし、つねれば普通に痛いわけだが、本当にここって夢の中なん? それも他人の」
「君たちが常識としている『夢』とは定義が違うかもね。でも基本的にこの世界は君たちが眠りについたときにだけ接続できる。そこは近いだろう?」
「接続?」
「君たち現実世界の人間は、眠ることでこの世界に遊びに来ることができる。この世界から離脱すると、現実世界で目が覚める。そういう仕組みなわけ。
正直これは僕の推測でしかないんだけど——ここは恐らく広大な夢世界の、ほんの一区画。本来とても広いこの空間を無数に区切って、その小部屋(セル)のひとつひとつを君たち現実人に貸し与えているのさ。
いま僕たちがいるここは飛鳥ちゃんに与えられ、飛鳥ちゃんが管理している、飛鳥ちゃんのための箱庭なんだ」
「そんなクラウドサービスみたいな」
「何それ?」
「ネットでも似たよーな仕組みがあんの」
「へえ、じゃあ僕の推測はある程度理に適っているのかもしれないね」
とりあえずひとつ気付いたことがあるが、これはこいつだけなのか異世界人は全員こうなのかが謎だな。
こいつの持論は、言い換えればこの異世界はつくりものの舞台セットだということだ。
てっきり異世界ってのは言葉通り俺たちが生きている世界と別の場所に存在する世界で、文化や常識は異なれど、異世界人たちはあくまでひとりの一般人としてこの世界なりの普通な人生を送っているのだと思っていた。
それに対してこいつはこの世界を、天峰の箱庭だと言った。こいつはその箱庭の中にいながらもメタ的な視点でこの世界を認識している。自分のいる世界がゲームや小説のシナリオの中で、自分たちはそこに登場するキャラクターなのだという自覚があるのだ。……ワンチャン『目覚め』てしまったただの狂人の可能性もあるが。
いま俺はこいつの自室、それもわざわざ地下にあって無駄に秘密基地っぽい、異様に本や書類で散らかった薄暗い部屋にいる。時間の感覚がいまいちない。俺の部屋からここに来るまでの薄紫色にぼんやり光る連絡通路と、通路直通で入ったこの屋敷以外に、俺はこの夢世界とやらをまだ知らない。知らないことが多すぎる。
「……ここってあんた以外の人間いる? この建物内でも、近くの街とかでもいいんだけど」
「いるよ。ひととおり説明が終わったら紹介するつもりだった」
「さいで。んで、世界の仕組みを夢想している、あんたは誰さん?」
「僕? 僕はシュロ・マリアン。この世界を滅ぼさんとする魔王さ」
Comments