お前の旅の目的は(3)
- 宮間 怜一
- 6月3日
- 読了時間: 4分
「『俺の旅』じゃなくて、『芽留の旅』なんですよね」
「芽留の?」
「ええ。俺と芽留はいとこ同士なんですけど、芽留の両親がちょっと気難しい人たちで。外で遊ばせない、旅行やお出かけもしない、勉強や習い事は家庭教師、みたいな」
「それは……」
「厳しいっていうよりは、過保護なんですよ。芽留って、お世辞にも丈夫な方ではないし。怪我したり、誰かに嫌な目に遭わされたり、なんていうのがあったらコトじゃないですか。一人娘だからなおのことです。
逆に俺なんて超奔放に育ったクソガキでしたからね! 庭の木に登って・芽留が真似しようとして・怒られ、虫を大量に捕まえて持っていき・叔母さんを卒倒させ・怒られ……」
「……嫌がらせ?」
「いや、蝶とかトンボだったんですよ! きれいな奴! 実際、芽留本人は虫好きだったんで喜んでました」
「まぁ男児のプレゼントはそんなもんか……なんの話してたんだっけ」
「あっそうだ、芽留の話ですよ。虫もそうですけど野の花とか、旅行の写真とか、『外』のものを持っていくと芽留は喜びました。自分ではなかなか体験できないから。
それで、あるとき言い出したんです。『旅に出たい』って。俺が見聞きして、自分に見せてくれる世界を、自分の足で体感してみたいって。俺はそんな夢の、手伝いをするためにここにいます」
「そうか。……親御さんは?」
「残念ながら、揉めました。最初、芽留はひとりで交渉したそうなんですが、大決裂しまして。俺は叔父さんたちに、『お前が説得すれば娘も耳を貸すのではないか』とも、遠回しに『お前が娘によからぬことを吹き込んだのではないか』とも言われました」
「……」
「年々、娘とのコミュニケーションが苦手になってきているんでしょうね。成長するにつれて、俺の方がまだ意思の疎通が図れるってもんで、叔父さんたちにはだんだん仲介役みたいな扱いをされるようになってきました。
──俺は芽留の方につきましたよ。そもそも芽留って、今回みたいに何がしたいとか言い出すこと自体が稀なんです。だからこそ折り合いがつかなかったんだろうなと。叔父さんたちの心配ももっともだったから、俺はそれこそ傭われとか、芽留ん家の女中さんとか、誰か芽留を守って旅のサポートをしてくれる人をつけたらどうですか、と──行かせてやってくれませんか、と、言いました」
「……それでお前に?」
「それで俺に」
「信頼されてるな……」
「いや、俺がそういう提案したあとにまた一悶着あって、芽留が『それだったら夕葉がいい』と言ってきかなくて、揉めて揉めてこのままだと無理してでも家を飛び出しかねなかったもんで、諸々条件つきで叔父さん側が折れる形になったんですよ。
──まぁそういうわけで、俺たちは“どこに行きたい“ってよりは“いろんな景色を見てみたい“って感じで、地元から遠くない街を巡っては実家に戻って、ってのを繰り返しています」
「……」
「……俺も楽しんでますよ? 頼ってもらえるのは素直に嬉しいです。ただ……」
「ただ?」
「芽留って、さっきも言った通り、あまり外に出ないし、周囲の人も大人ばっかりで。対等な友人とか、手放しに信用できる相手って俺くらいなんだと思います」
「まぁ、そんな感じはするな。お前が俺たちの仲間に入れてほしいと言ってきたのは、そういうことか」
「すみませんね、行きずりで突飛なお願いをしてしまって。案内所で探すつもりだったんですけど、ちょうど条件がよくて」
「同年代?」
「それと、男女混合で、目的地がそんな遠くない」
「……確かに。ここまで来ればもうすぐか」
「あと、旅慣れしてる人がいることですかね。そこが一番かな」
「? そうか」
「……魔物のほとんど出ない、出ても俺一人で十分対処できるルートを選んではいたんですけど、あるとき魔物と戦って、俺が弾き損ねた攻撃が、後ろにいた芽留の頬をかすめたことがありました。──芽留は、避けもしなかった」
「……」
「傷は全然大したことない、かすり傷だったんですけど、怖くなった。この娘は俺がしっかりしてないと、ろくに抵抗もできず死んでしまうんじゃないかって。俺が芽留の味方をできなくなったり、何かで対立してしまったとき、この娘は誰を頼れるんだろうって。俺が気を張ってないとって思って、気張りすぎて寝れなくなって、あの有様でした」
「……潰れなくてよかった」
「はは、そうですね。そこまで深刻に思ってほしくはないんですけど。
ああ、でも、最初に飛鳥とミカに出会ったとき、『大丈夫?』って言われたんですよ、飛鳥に。初対面でですよ? それもあるかな、仲間の件掛け合ったのは」
「飛鳥は、俺たちのことをよく見ている」
「ですよね。よく気付く子だなって思います。──芽留には、俺以外の味方や友人がもっと必要です。芽留は、もしかしたら俺のこと、“世界で一番“とか、“あなたしかいない“みたいに想ってくれているのかもしんないですけど、それってきっと、俺以外の人間をまだ知らないだけで。その全幅の信頼に応えられるほど、俺はできた人間じゃないです。
ここの皆と一緒に過ごしてみて、異なる価値観に触れて、心を開ける相手が増えて──したっけ俺も、もう少し安心して芽留のそばにいてやれると思います」
「……お前は、よく考えているな」
「そういう性分なんですよ。お節介焼きなんです」
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