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ナバト 有羽-1

  • 宮間 怜一
  • 3月9日
  • 読了時間: 5分

「あのさあ、なんでまたこの部屋なん?」


 前回あれからどうなったかを、読者諸賢にはご説明しよう。

 シュロ・マリアンというこの変な男は、この物語における倒すべき黒幕・ラスボスとしての役目を全うすることを望んでいるらしい。ところがその意気込みとは裏腹に、この寝呆け野郎には服装から何から、およそ悪役らしい要素がどこにも見当たらない有り様だった。それをうっかりバカ正直に指摘してしまった俺は、どうもこいつにキャラデザイン分野において自分より上手の存在だとみなされたらしく、キャラクリ用の不思議装置を手渡され、『悪役』のディレクションを一任されたのだ。

 このキャラクリ装置が予想外に扱いやすかったのが悪い。

 俺の想定としては、ドンキのハロウィン衣装なみに安っぽい適当な魔王をでっちあげてお茶を濁し、とっとと別の話題に移るつもりだった。そのはずだったのだが、この装置にざざっと描いた服や装飾が、まさしく脳から直接出力したかのようにいい感じに具現化され、あいつというマネキンに被さるのが面白すぎて、興が乗ってしまったのだ。

 まず角を生やした。よくある山羊だか羊だかわからないああいう角だ。謎の宝玉のついた冠も追加する。肩にはトゲの生えたでかい肩パッドを乗せ、壮厳な紋様のテクスチャを貼る。胸にはドクロ。そしてもちろん黒づくめだ。すっきりカジュアルのタートルネックはだるだるのローブに変更。重々しいマントを掛けてフィニッシュである。

 素晴らしい。これぞ悪趣味大魔王だ。

「こ、これは……至極ワルいぞ……!」

 クライアントも喜んでいる。

「デザインの工夫でここまで変わるのか。凄いぞ君――あれ、君名前なんだっけ」

「雲井有羽(くもいあるば)」

「有羽くん。凄いぞ有羽くん」

 こいつ、この数時間いっときも会話中に俺の名前を必要としなかったのか。驚きを通り越して呆れるとはこのことだ。本当に微塵も俺のこと興味なかったんだな。

「早速お被露目してこよう」

「ん?」

耳から入った音声を意味のあることばとして処理している一瞬の隙に、奴はこの地下室の外へと続く階段に向かって軽やかに駆けていく。一、二秒遅れていやな予感を受信した俺は慌てて後を追いかけた。段飛ばしで階段を駆け上り、勢いよく扉を開ける。廊下に出てすぐのところで、残念ながら大魔王は既に誰かとエンカウントしていた。

「あら、お客様?」

 春風のような声がした。

 季節外れの一人仮装パーティー野郎に困惑しつつも和やかに会話していた女性が、こちらに気付いて真っすぐ俺を見る。

 シュロ・マリアンを除いて初めて相対した『夢の世界の住民』は、ピュアな幻想を練り上げて形にしたようなたおやかな淑女(レディ)だった。現実に存在しないウルトラマリンの髪の毛も、明るい紫の瞳も、存外つくりもの感はなく三次元の肉体に馴染んでいる。

 俺が返事も忘れてまじまじと見ていた間に、彼女はシュロとの会話を再開する。

「お友達?」

「お友達! この衣装も彼が考えてくれたんだ」

 そうしてまたも初動が遅れたばっかりに、俺の第一印象が 『シュロ・マリアンの友人にして、このゴテゴテ装束を考案した人間』 で確定してしまったところで回想は終了する。



 そんなこんなで、一度は部屋の外に出たはずの俺たちは、結局先ほどのおねえさんが用意してくれたお茶やお菓子だけ回収して、また秘密基地でのひきこもりトークタイムを再開しようとしている。

「君がまた色々話を聞きたそうにしていたからだよ」

「別にどこで話してもよくない?」

「彼女たちにはあまり聞かせないようにしているんだ。僕が君に教えているような話はね」

「なんで?」

「そうだなあ、まずは彼女たち、『夢世界の住民』とは何者か、という話からしようか」

「……何者なん?」

「夢世界は飛鳥ちゃん、即ち現実人の理想をもとに構築される。この不思議な空間を箱庭にして、木々を生やし、建物を配置し、人間を住まわせる。夢世界の民とは、この箱庭で展開される物語の登場人物。言ってしまえば架空のキャラクターだ」

「……天峰のオリキャラってこと?」

「そういうこと。ただし厳密には飛鳥ちゃんが外見や内面を手ずから設定したのはごくわずか。彼女が旅の仲間として引き連れている数人のみだ。それ以外、例えば各キャラクターの肉親や友人、街にいるモブの民衆は、飛鳥ちゃんが定めた既存設定に矛盾しない範囲でランダムに、夢世界側が自動生成している」

「まあどうあれ非実在の人間である、と」

「そう。設定上はこの異世界で生まれ育った人間。その実、飛鳥ちゃんが生み出したつくりもの。自分がモブの母親と父親から生まれたと信じている生き人形。そんなところかな」

「さっき創らされた服みたいにポンと?」

「さっき創ってもらった服みたいにポンと」

「おねえさんも?」

「あの娘も」

「あんたも?」

「架空のキャラクターなのかという意味ならそう。モブの胎から生まれたと思っているのかという意味なら否」

「親いないってこと?」

「強いて言えば飛鳥ちゃんがママということになりますね」

「言い方キモ……」

「そう?」

「……なんでそんな話になったんだっけ?」

「なぜ彼女に僕たちの話を聞かせたくないのかって話をするために」

「そうだった」

「まあつまるところ、彼女らは通常のキャラクターと同様に、自らをこの異世界で生まれ育った一個の人間だと認識している。そこを意味もなく揺るがして、挙動が変わってしまったら嫌だなあというだけのことだよ」

「……逆にあんたは何で『天峰がママ』だってわかってるわけ?」

「僕は飛鳥ちゃんのことなら何でも知っているのさ」

「やっぱ言い方キモいなあ……」


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