ナバト 有羽-1
- 7月1日
- 読了時間: 4分
前回あれからどうなったかを、読者諸賢にはご説明しよう。
シュロ・マリアンというこの変な男は、この物語における倒すべき黒幕・ラスボスとしての役目を全うすることを望んでいるらしい。ところがその意気込みとは裏腹に、この寝呆け野郎には服装から何から、およそヴィランらしい要素がどこにも見当たらない有り様だった。それをうっかりバカ正直に指摘してしまった俺は、どうもこいつにキャラデザイン分野において自分より上手の存在だとみなされたらしく、キャラクリ用の不思議装置を手渡され、『悪役』のディレクションを一任されたのだ。
このキャラクリ装置が予想外に扱いやすかったのが悪い。
俺の想定としては、ドンキのハロウィン衣装なみに安っぽい適当な魔王をでっちあげてお茶を濁し、とっとと別の話題に移るつもりだった。そのはずだったのだが、この装置にざざっと描いた服や装飾が、まさしく脳から直接出力したかのようにいい感じに具現化され、あいつというマネキンに被さるのが面白すぎて、興が乗ってしまったのだ。
まず角を生やした。よくある山羊だか羊だかわからないああいう角だ。謎の宝玉のついた冠も追加する。肩にはトゲの生えたでかい肩パッドを乗せ、壮厳な紋様のテクスチャを貼る。胸にはドクロ。そしてもちろん黒づくめだ。すっきりカジュアルのタートルネックはだるだるのローブに変更。重々しいマントを掛けてフィニッシュである。
素晴らしい。これぞ悪趣味大魔王だ。
「こ、これは……至極ワルいぞ……!」
クライアントも喜んでいる。
「デザインの工夫でここまで変わるのか。凄いぞ君――あれ、君名前なんだっけ」
「雲井 有羽(くもい あるば)」
「有羽くん。凄いぞ有羽くん」
こいつ、この数時間いっときも会話中に俺の名前を必要としなかったのか。驚きを通り越して呆れるとはこのことだ。本当に微塵も俺のこと興味なかったんだな。
「早速お被露目してこよう」
「ん?」
耳から入った音声を意味のあることばとして処理している一瞬の隙に、奴はこの地下室の外へと続く階段に向かって軽やかに駆けていく。一、二秒遅れていやな予感を受信した俺は慌てて後を追いかけた。段飛ばしで階段を駆け上り、勢いよく扉を開ける。廊下に出てすぐのところで、残念ながら大魔王は既に誰かとエンカウントしていた。
「あら、お客様?」
春風のような声がした。
季節外れの一人仮装パーティー野郎に困惑しつつも和やかに会話していた女性が、こちらに気付いて真っすぐ俺を見る。
シュロ・マリアンを除いて初めて相対した『夢の世界の住民』は、ピュアな幻想を練り上げて形にしたようなたおやかな淑女(レディ)だった。現実に存在しないウルトラマリンの髪も、明るい紫の瞳も、存外三次元の肉体に馴染んでいる。
俺が返事も忘れてまじまじと見ていた間に、彼女はシュロとの会話を再開する。
「お友達?」
「お友達! この衣装も彼が考えてくれたんだ」
そうしてまたも初動が遅れたばっかりに、俺の第一印象は 『シュロ・マリアンの友人にしてこのゴテゴテ装束を考案した人間』 で確定してしまったのであった。
*
幸いにもシュロ・マリアンの奇行はいつものことだったらしく、あのふざけた衣装に関しては大した言及もなしに、おねえさんは俺に話しかけてくれた。しかし、
「ごめんなさいね、てっきり女の子だと思っていたわ」
「はい?」
「シュロから話は聞いていたの。あの人、あなたが来るのをずっと待っていたのよ」
あいつ以外の人間と話がしたいとは思っていたが、さっそくこれまでと話が食い違う。待っていた? あの天峰以外に微塵も興味なさそうだった奴が?
「彼は飛鳥ちゃんじゃないよ」
「そうなの?」
「あ、そういうこと……」
なるほど、待っていたというのは天峰のことか。
あらためて廊下を見やる。ひと昔前の洋館のような雰囲気だ。魔王城と呼ぶには少々規模は小さそうだが、この自称ラスボスはこの建物を根城にして勇者天峰の来訪を待ちわびている。そこは目の前の彼女にとっても共通認識らしい。
(彼女のこと、知りたくない?)
「へ?」
振り向くと思ったより近くに奴がいて、小声で俺に語りかけていた。
「そろそろ部屋に戻ろうかな」
「は?」
唐突に腕を掴まれる。
「あら、もう?」
「まだまだ喋り足りないんだ。皆にはあとで紹介するからちょっと待っててね」
「待、」
こうして念願の第一ムラビトとの対話はあえなく打ち切られ、俺は元の部屋へと逆戻りする羽目になったのだ。



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