ナバト 飛鳥-4
- 7月1日
- 読了時間: 6分
ナバトの町はいつ来ても曇りがちで、鼻を通る朝の空気は冷たい。
「基本は町に着いたら最初に寄るんだけどね。昨日は遅かったから」
リンはいつもの調子で今日の目的地の説明をしてくれている。
「青い看板のとこだよね。星座盤みたいなマークの」
「そうそう」
「前の町でも船着場のすぐ近くにあったね」
「大概他所から来たときにアクセスのいい場所に建ててあるんだ。港も町の出入口だからね」
この世界では今のあたしたちのように町から町へと旅をする人が珍しくない。数日で帰る観光旅行に行く人も、仕事でいくつかの拠点を往く行商人も、等しく『旅人』と呼ばれている。
コンビニやファストフード店のようにロゴマークを先端に掲げた柱を傍らに据えるこの建物は、そういった『旅人』向けのサービスをひとところに集約した案内所のようなものらしい。
「町の主要施設や観光地の情報、他の町とのアクセス情報、旅費稼ぎになる仕事の求人、そういうのが大体ここで把握できる」
扉をくぐると、ほどよく温められた空気があたしたちを迎えてくれる。ホテルのロビーのような広間は壁もカウンターも木製の素材でまとめられていて素朴な雰囲気だ。照明には昨日森で見かけた街燈樹の実が使われている。
「そしたらとりあえずチェックイン?」
「うん、そのあとはお待ちかね」
「?」
「仲間」
「あっ」
「行き先や目的の近い人を募って一緒に行動したり、腕の立つ人に護衛を依頼することは割とあるんだよね。案内所はそういう旅人同士の仲介をしてくれる場でもあるんだ」
昨日の会話と繋がっていたことにやっと気が付いた。本当に昨日より前向きに仲間探しに協力してくれているんだ。まだ不安の種はいくつもあるけど、そのうちのひとつがなんとかなって少しホッとする。
「ありがとう」
リンはにっこりと笑ってみせた。
リンがささっと手続きを済ませたあとは、施設の散策タイムとなった。
「そういえば、き、昨日の人とかは?」
今の空気ならなんとなく大丈夫な気がして、それとなくミスカを話題に出してみる。
「昨日? ああ、あの人。あの人たぶん傭兵じゃないかな」
「傭兵?」
「傭(やと)われとも呼ぶんだけど。さっき言ったとおり路銀稼ぎの日雇いの仕事が色々あるんだよね。魔物駆除だとか、旅に不慣れな人の護衛だとか。旅人は旅の片手間でそういうのをやってるけど、そういう護衛や案内人の仕事を本業にしているプロが傭兵、って感じかな」
「プロかぁ……」
「友達になりたいの?」
「な、なれるかな」
「いいんじゃない? 先約がなければ話は聞いてくれると思うよ」
いつもより遠回りだったが、ようやく段々といい流れになってきた。これなら案外スムーズに仲間になってくれるかも。明るくなっていく気分に呼応して、自然と歩幅が大きくなった。
「あ」
案の定、散策の最中にミスカと鉢合わせた。
屋内の灯りのもとで見ると、昨日薄闇の中で出会った彼とは幾分印象が変わる。寡黙なのだ。だから時々心の読めない感じがして、本人は変わっていなくとも、こちらが自信のないときほどなんだか怖く見えてしまうだけで。
「やあ、昨日はありがとう」
リンは社交的に話しかける。
「貴方は旅人? 地元の人?」
「傭兵だ」
「それならちょうどよかった、実は私たち仲間を探していてね」
スムーズに話が進んでいく。やっぱり手馴れているなあと思いながら、あたしは何とはなしにリンの袖を握り、ずっとリンの斜め後ろにいた。ミスカとは何度か目が合ったが、そのくらいだ。
肩越しに見るミスカは『いつも』と変わらず静かにあたしたちの話を聞いてくれている。途中からわずかに眉を寄せているようにも見えたが、真面目に聞いてくれているだけだろう。ひととおりリンが話を終えたあと、ミスカは最後にもう一度だけこちらを見て、リンに視線を戻した。
「……余計なお世話だとは思うんだが……」
「なにか?」
控えめな物言いながら、なにか言いたいことがあるらしい。ちゃんと聞いておこう、今後大事になるはずだ。言葉の続きに耳をすます。
「あんたの独断で動いてないか? さっきからあんたばっかり喋っているだろう。後ろの子とは連携とれているのか?」
あたしもリンも一瞬停止する。
一拍置いて目を見合わせる。
……しまった!!
あたしはまた会話を全部リンに任せて傍観モードになっていた! ミスカがちょくちょくこちらを見ていたのはあたしを気にしていたのか! 他人事だったのを反省した、昨日の今日だというのに!
「むしろこの子が言い出したんだけど」
「そうか」
「この子の旅なんだ。この子を故郷へ無事に帰すのが第一目標」
やばいやばいとあたしが自分のミスに慌てている間にも、リンはリカバリーを始めようとしている。このままではいつもと同じだ。
「どうだろう飛鳥、もう少し詳しく話してもいいかな?」
「ま、待って、リン」
「ん、なに?」
焦って引き留めるあたしの次の言葉を、リンは急かさずに待ってくれる。厚意に甘えて小さくひと呼吸して、それでもまだ震える喉で言葉を紡いだ。
「じ、自分でやる」
一拍置いて、今度はリンとミスカが顔を見合わせた。
「……とのことだけど、何から話したらいいかな?」
「あ、ああ。旅の目的と、こちらに何をしてほしいのか……」
「だって。できそうかな?」
流れるように間を取り持って、リンはあたしの背後に回り、寄り添うように両肩に手を置いた。あたしの突拍子もない一言にもこうして柔軟にサポートしてくれる。いつもこうやって気を回してくれていたのか。
「大丈夫、何かあれば私が補足するよ」
「あっ、ありがとう、でもなるべくナシでいきたいっていうか、いっそミスカと二人で喋ってみたいというか!?」
「「え゛っ」」
これにはリンだけでなく横で聞いていたミスカも同時に驚いた。行動を焦ったあまり、まだ自己紹介していないのにミスカの名を呼んだことにも気付いてないし、過去のループのことを知らない二人にとってあたしたちはまだお互いよく知らない他人なのだという視点も抜け落ちている。
(その……大丈夫?)
(うん)
小声で尋ねるリンの表情はいつになく心配そうだ。本当はあたしもリンがいてくれた方が心強いけど、それだとまたリン任せになってしまう気がした。
「リンがいると、甘えちゃうから」
リンはぱちくりと目を瞬かせると、困ったように笑って、あたしの髪を撫でた。
「いいのに」
「ごめんね。仲間はずれとかじゃないよ」
「わかってるよ。そういうことなら私はしばらく席を外そうかな」
「ありがと」
まだ相当リンの無条件な優しさに助けてもらってはいるが、ようやくあたしは自分の足で一歩を踏み出した。今までの自分をやめるのだと、あたしはミスカに約束した。『前回』のことをミスカが覚えていなくても、今があたしの決意を見せるときなのだ。



コメント